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良助
【青春 恋愛小説】

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1 裕子-27

 「粕谷、木原と何処行った?」
 「喫茶店」
 「そうか」
 「飲みに行こうって言ったんだけど固くて駄目だ」
 「固い? 何が?」
 「ガードが」
 「そうか」
 「カラオケ面白かったか?」
 「うん、面白かった」
 「田宮、歌が上手いだろ」
 「うん、驚いた」
 「あの顔と声だからな」
 「だから何?」
 「箱入りでなきゃ歌手になってるぜ」
 「箱入り?」
 「あいつの親父何やってっか知らないの?」
 「知ってる」
 「そうか。芳恵の親父は何だか知ってるか?」
 「うん、社長だろ」
 「流石だよな、この家見ろよ」
 「粕谷の家よりデカイな」
 「当たり前だろ。室野グループの室野だぜ」
 「それって凄いのか?」
 「お前今知ってるって言ったんじゃ無いの?」
 「さっき聞いたばかりだから」
 「いつ聞いたって分かるだろ。凄い金持ちなんだせ」
 「粕谷のうちより?」
 「当たり前だろ。家見りゃ分かるだろ」
 「うん、粕谷のうちよりデカイもんな」
 「広さの問題じゃない」

 暫く歓談した後芳恵がピアノを弾いた。日頃の芳恵に似合わずピアノに向かうと真剣そのものの態度で一生懸命弾き、驚くほど上手かった。ショパンのワルツを2曲弾き、その後CDで音楽を流して、涼子が行列行進の時の衣装で踊った。途中で毛皮風の服を脱ぎ捨て、白い全身タイツだけになってクルクル回り、1礼して終わった。
 田宮順子が芳恵のリクエストに応じて芳恵の伴奏で『菩提樹』を歌った。それは予め練習を重ねたように息が合って見事だった。二人とも音楽学校に進学する予定なのだから、素人芸ではないのである。

 帰りは、木原涼子は芳恵の家から近いので歩いて帰ると言い、マサルが送って行った。残りの大多数は、芳恵の家の使用人らしい若い男が運転するマイクロバスで中野駅まで送ってもらい、そこで散会した。

 「田宮さん、小山君に送ってもらう?」
 「大丈夫。お手伝いさんが駅まで迎えに来ると思うし、小山君に明日からパンを持ってきて貰いたいから」
 「あ、そうか」
 「お手伝いさんがいるのに貧乏なのか?」
 「お手伝いさんと言っても親戚の子よ」
 「そうか。送ってやってもいいよ」
 「小山君、私と2人きりになってもいいの?」
 「どうして?」
 「なんでも無い。やっぱりいいわ。明日からパン持ってきて貰いたいから」
 「なんで? 送ってもパンくらい持ってきてやるよ」
 「ううん。そんなに小山君に甘えてはいけないから」
 「構わないよ」
 「小山君と2人になるチャンスを逃すのは惜しいけど、毎日小山君にパン貰う方が嬉しいから」
 「だからパンは持ってきてやるけど、箱入りなんだって?」
 「箱入り? 別に箱に入れなくてもポリ袋でいいよ」
 「ポリ袋入り?」
 「大和田さんは、どうやって帰る?」
 「うちはもうバスがなくなってるからタクシーで帰るわ」
 「そうか」
 「楽しかったね」
 「うん」
 「それじゃ明日また会おうね」
 「うん」
 「さようなら」
 「うん、さようなら。小山君タクシー乗り場まで送って」
 「ああ、いいよ」
 「凄く楽しかったわね」
 「うん」
 「小山君、本当に田宮さんにパン持ってきて上げるの?」
 「うん」
 「小山君って本当に優しいんだね」
 「別にそんなこと無いけど、箱入りってどういう意味なの?」
 「箱入り?」
 「粕谷が田宮のことそう言ってた」
 「ああ、そうなの」
 「何が箱入りなの?」
 「さあ。箱に入って育ったっていう意味かな」
 「箱に入って? ああ、分かった。未熟児だったんだな」
 「うーん。ひょっとすると本当にそうかも知れないわね、お母さん体が弱いって言ってたし」
 「それじゃポリ袋入りって?」
 「それはパンの話でしょ? それじゃタクシー来たから乗るわね」


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