僕は14角形-8
「思いっきり外してるぞ、綿星」
「んなわけないっしょ。ほうれ、これなんか神秘的」
ネパールの三ツ目が半眼でラメで光ってもう大変。僕は思いっきり首を振った。
「んじゃ、これは?」
コブラの背中模様がずらりと並び、取っ手は間違いなくガラガラヘビ。
僕の時間はとても大切なので、そのバッグの山にダイブした。
結局、特に飾りもない大きめの麻のバッグを見つける。がさっとオーガニック。物というものは大抵はシンプルに限るのだ。綿星はすでに僕から興味を逸らしてなにやら大きなトルコ石と銀で出来たブローチを持ってレジでだべっている。
二人して店を出た頃には、お日様もだいぶ傾いていた。真っ黒な電柱に銀に縁取られたトルコ石がなかなか綺麗ではある。褒めてあげないけど。
そのまま「錦通り」とやらに案内して貰う。なんかタイムスリップしたような、昔ながらの商店街とはこういうものかと納得。僕としてはとにかく野菜なので八百屋に。おおお、巨大なセロリ発見。キュウリ、トマト、にんじん、パセリ、タマネギ、ジャガイモ(メークイーン)、カリフラワーとどんどん買う。
「シオってベジタリアンだったのかね」
「いや?雑食だよ。伊勢エビとか鮑のステーキとかキャビアとかフォアグラのテリーヌとかカラスミとか」
「……もう少しその、日常的な食い物はないのかね」
「だから何でも…ん?」
凍っている僕を綿星が怪訝そうに覗き込む。
僕の目の前にはホビーショップ。ディスプレイに飾られたある一点に凝着。
「……かなり、いいな。」
「なあにが?そうかシオは玩具好きかい」
「ロシア海軍所属オスカー級原潜排水量14,500トンSSGN加圧水型原子炉2基7枚スクリュー1軸推進30,000shp」
綿星は僕が指さした黒くずんぐりしたプラモデルを見つめる。
「せんすいかあん?またえらく暗い趣味してますな。男の子ならもっとこの、ジェット機とか。『ライトスタッフ』みたいに」
「何もわかっていないね。潜水艦ってのは人類が生み出した最強の兵器なのだ」
「潜水艦オタクと。シオの特性の一部がいま明らかに」
ほっぺにひとつ、深い笑くぼがなかなか可愛いぞ。 褒めてなんかやらないけど。
黒の電信柱に物申しても報われないとは知りつつ、僕は。
「もし、僕にアメリカ海軍所属のSSBN=オハイオ級原潜を忠実な100名のクルーと24基のトライデントをセットで僕にくれたなら、綿星の好きな国を二つ三つプレゼントしてやるんだけど」嫌や〜みに横目で伏せ眼で見下ろすが、残念ながらお腹のあたりしか見えない。
いけない、やめろと心が叫ぶが、これだけは。僕のレーゾンデートルであるのだからして。止まる物も止まらない。
「深海600mって、どんな世界だと思う?真っ暗闇で、レーダーも軍事衛星も、どんな超絶なセンサーだって発見できない、奈落の底さ。そこにある物体はまず見つからない。実際に太平洋海底に敷設してあるSOCISラインの数十メートルそばを通過しても発見されなかった。これがひとつ」
「でも、たまには浮上しなくちゃならないんでしょう?燃料とか補給とか」
僕は買い物かごを枕みたいに抱えて、眼だけで綿星を睨んだ。
「現時点でも、オハイオ級のパトロール周期は90日間だ。むろん、余裕を持って考えられているから、仮に120日間を限界としてみよう。それから、最新の電子技術によるオートマチック化でリストアすれば恐らく乗員は半分の50人でも足りる。すると240日間は潜っていられる。およそ三分の二年間だよ。これがふたつめ」
「あまり健全な職場とは言い難いと進言するわ」
「最後に。トライデントは射程8000キロメートル。多弾頭ミサイルだ。円錐型の劣化ウランに覆われて、一基で四ヶ所を同時攻撃できる。そのうちの一発だけだって広島に使われた原爆の何万倍かの威力がある。オハイオ級SSBNはそれを海中から誰にも気づかれず発射出来る。つまり北極海にでも潜んでしまえば……」
ああ、なんてハイテンションな僕。頭がくらくらしてきた。電柱に講釈かましてどうするんだい。しかも商店街の真ん中で。
僕は買い物かごを放り投げて天を仰いだ。暗くて深いぞ青空。
「世界の王になれるのさ」あ、頭がショートした。
数分間おされな街路の彫刻と化していた僕を、綿星が指でつんつんして僕を解凍する。自責の念で今度はゼリーになって道に座り込む。なんて粘菌的な存在なんだろう僕は。
「で、……買うの?」「いいや、気分が乗らないし」
「そうか」
綿星国子は動じない。多分インドラの矢が降ろうとも。
「でもとにかく、シオが立派に「男の子」であることは確認できた。女はそんなに真面目に馬鹿になれないからね。」
彼女の笑いはどこか悪魔っぽかった。
原子炉緊急スクラム。隔壁閉鎖。ニッケル水素バッテリーで推進。