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僕は14角形
【ショタ 官能小説】

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僕は14角形-51


39
 音楽室へ移動しながら、詩音と綿星は渡り廊下を歩いていた。窓から見渡せる緑が時折太陽を孕み銀色に輝いている。開け放たれた窓からは心地良い風が流れ、二人の艶やかな黒髪を揺らした。
  梅雨入り前のターコイズ・ブルーの青空には、時折薄ぼんやりとした筋雲が流れている。詩音はナチュラルな麻のダンガリー・シャツワンピース に白のフレアスカートで生足、綿星は珍しく肩の出た黒いアニエスのシャツに黒い麻のパンツと実に対照的だ。

「で、どうするの。告白られた本人としては」

「正直、引いた」詩音は顔を赤らめて俯く。

「本人軽そうだったし、事実軽いし。しょうもないし」

「でも、いざとなったら男見せたでしょ。根が熱いんだよ」

「だからって、どうするの? 本当のことなんか言えないよ」

 綿星は遠くの空に眼を細める。

「ところで、良く眠れた?」

「もう、最っ高に眠れた。潜水艦としては極上の環境」

 詩音の603号室は僅か半日で劇的なリニューアルを遂げた。それでも、寮という構造上限界があるから、いきなり宮殿になった訳ではない。床がフローリングになり、ボーイッシュ、カジュアル、果てはドレスまでが収納されたワードローブとドレッサーに二人がけのテーブル、そしてベッド。他はともかく、ベッドだけは詩音は最高に気に入った。ウォーターベッドだったから。なんでもアメリカの厳しい基準をクリアした物で、水の揺れは0.数秒と極端に小さい。そのあまりの寝心地に、着替えるのも忘れて詩音は全裸のまま瞬間的に寝入ってしまった。

「しっかし、ヤサが割れちまっているしねえ」

「郁夫の性格上、ストーカーはないと思うけど」

「そういえば…」

 綿星は何か思いついたように首を傾げた。

「感じないのよね、昨日から。草冠関係の気配」

「そんなのあったの?」

「濃厚、というより露骨にね。寮の半径1キロぐらいは。なんか、保護されていたみたい」

「そのミステリー小説の出典は?」

「ふむ……『女の感』ってやつかな。クニコ・ワタホシの」綿星はまたしても下心風味で悪戯っぽく笑った。
「それじゃ、僕にはとうてい無理だ」

 そう言って詩音は花が開いたように笑い、白いフレアスカートを舞い上がらせて一回転ステップを踏んだ。華奢なのに健康的な透明なほどに白い足のラインが踊る。
 詩音の立ち振る舞いの美しさはどうも天性の物らしいな、と思いながら綿星は額を押さえた。何しろ『贄』なんだから、この子は。

 僕は普通の男の子じゃない。同性愛者だ。女の子にときめいた事なんか一度もない。くびれた腰とかすらりと健康的な足なんて興味はない。ただ、今はそれを所有しているだけだ。幸いにも重そうな胸とかふくよかな二の腕には縁がない。雰囲気のある教授の微笑みに電撃。健康そうなイケメンの笑顔がぐさっ。僕のハートは沖縄硝子のように脆くて色変わりする。

 この学校に来てからようやく一学期が終わろうとしている。学校の寮にはエアコンとか無縁だからやたらと暑いけど、ウォーターベッドは温度調節が出来るから夜は大抵快眠だ。そういえば成績表を貰う前に校長室に呼ばれたっけ。数学を頑張れば、学校始まって以来だそうだ。でもね、それは当たり前なんだよ。なにしろ僕は一度見たり読んだり聞いたりしたことは絶対に忘れない病気だから。
 綿星とはまるで兄弟みたいに暮らしているし、寮母の衣良さんとは時々一緒にお酒を飲む。煙草も吸う。悪徳にまみれるのは僕の趣味だからしょうがないね。
 草冠いちごは今でも仲の良いクラスメイトだ。ごくたまに草冠の爺さんのところに遊びに行ったりする。いちごは姫乃先輩というビールスに冒されてはいるけれど、いつでも元気な可愛い女の子だ。姫乃先輩自身は……う〜ん、それはどうでもいいか!

 通学路の途中に高い背を伸ばした樅の木の影に、軽そうな麻のジャケットを着て、ダメージドジーンズとスニーカーを履いた懐かしい青年が立っていた。あいかわらず、なんだか照れくさそうに僕を待っている。イチロー風味に髭など生やして。たしかに僕の心のど真ん中にストライクだ。潜行舵をほんの少し傾斜させて陽光の映る翠の海上にまで浮上する。

「おひさしぶり、郁夫」僕はノースリーブのキャミソールから伸ばした手を振る。

「やあ、久しぶり。また会えて嬉しいよ」

 二人の間に、早い蝉の声が響いている。雑草の伸びた地面からは陽炎がたなびいていた。

「お兄さんには内緒?」僕が訪ねる。サービスで小首を傾げてピアスを光らせた。もうすっかり慣れているぞぉちくしょうめ。

「いや、黙認というか、好きなようにしろってさ」夏に向けて少し短く刈り込んだ髪の毛をがしゃがしゃ掻く癖は変わらない。少し寂しそうに、それでもちょっと赤面して郁夫は呟く。

「いつかの夜のこと、覚えている?」

「忘れたことにしてもいいけど」と、僕も囁く。僕も人に合わせるって事を少しは学んだつもりだ。

「けっこう、本気なんだけど」

 郁夫は珍しく真面目な視線を直球で僕にぶつけた。

 僕は腕を組み、足下を見つめる。そう、いつまでも逃げては居られない。

「じゃあ、僕も本音を言っていい?」

 両方の腰に手を当てて、仁王立ちで郁夫の目を見つめる。

「僕は見ての通り、女の子だけど…性別は男の子。だから、あきらめてくれる?」

 夏の陽射しが僕の髪の毛に天使の輪を作る。それじゃあなくとも、これは「天使のお通り」という名の静寂だ。
 僕は郁夫から眼を逸らし、歩き去ろうとした。

「あの……それって、僕の理想なんだけど」

「へぇっ!?」


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「僕は14角形」   FIN


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