僕は14角形-26
19
彼に連れてこられたのは、そう言われないと見過ごしそうな小さな店だった。
煉瓦造りの、しかも蔦が絡まっているあたり、かなり黎明学園関係者の臭いがする。扉に硝子がないという時点で、この店は客を拒絶している。しかも駐車場もない。
空は薄暗くとっぷりと陽が暮れ、アセチレンランプを模したような照明がなかなか粋だ。彼は店の奥でしばらく話し、僕を奥の一段低い半地下のような席に案内する。ポンテ・ローザ・パインのかなり高級な食卓だ。渡されたメニューの数は少ないが、かなりレベルの高い料理や飲み物が揃っている。
「料理が出来るまで時間がかかる。まあ、飲み物から始めようか。ここのアイスティーは最高だよ?」彼は気さくに微笑んだ。
僕は僕だ。本能がここでも破裂する。
「ドルーアン・ラローズ・ボンヌ・マール2007のをフルボトルで」
彼は度肝を抜かれて口が半開きになる。それから腕を組んで考え込む。
「本当に君はいくつなの?」
「それを言い当てるのが男性の仕事じゃないのかね」
僕はわざと髪を掻き上げ、これでもかと色っぽく笑う。なりきってるぞ、俺!
彼は人好きのする甘いマスクを傾げて腕を組む。
「なんか、君って男の子みたいな話し方をするよね」
「そういう風に育てられましたので」そうか、話し方なんて考えていなかった。
「かまわないけど……肉料理か魚か決めていないのに」
「肉には赤、魚にはシャブリ、なんてのは馬鹿の決めたルールだもの」
彼はさすがにずっこけた。僕はわざと妖艶に笑う。
「キャビアを乗せた冷たいグリーンパスタに、クレソンのアンチョビソース。肉はベリーレアで。ソースはいらないから。塩とブラックペパーだけ」
完全に青ざめた彼に向かって言う。「私の名は詩音。17歳の高校生です。『シオ』って呼んで下さい」三つもサバをよんでしまった。脂ののったサバを。
「やあ、女の子に先に紹介させちゃったね。僕は伊集院郁夫。今年大学に入ったばかり。でも、ほっとしたよ。随分幼く見えたからね。いや、これは失礼だな僕のことも『郁夫』と呼んでくれれば嬉しいな。それにしても──よっぽどお嬢ちゃんなんだね。料理の選び方が凄い。ワインはちょっと、年齢的に無理があるけど」
「ワインはディナーに欠かせないもの。ワインのないディナーなんて野蛮人の食事さ。気になるなら、エビアンでも頼んどいて。それを飲んだことにすれば良いんだから」
郁夫は天を仰ぎ見るようにして、困ったように肩をすくめた。
詩音は悪戯っぽく郁夫の顔を覗き込んで微笑む。
「がたがた言っていると、最高級のクラレット、頼んじゃおうかな」
「わかったわかった。少なくとも君がワインを飲み慣れていることは間違いないからね──それでいいよ」
郁夫がオーダーを告げる。彼はウェルダンを頼んだ。肉は良く焼かないと駄目な口なのかな。それにしても、仕草がいちいちカッコイイ。シャツに浮かんだ筋肉がセクシー。
「何か運動やってるんですか?」
「あ、ああ。一応。体操部。インターハイに出るとかそんなんじゃ無いけどね」
インドアなスポーツのせいか、彼は色白だ。そこに浮き上がる太い血管が浮き出ているのに。またドキリとする。