僕は14角形-20
仕込みにちょっと時間がかかったけど、午後二時には「ボルシチ詩音風」は完成した。このボルシチに合わせて、パンパー・ニッケルとは行かないまでも重い黒パンも用意した。サワークリームも。
「詩音はなんで家庭的なんだろうね」
「そりゃ、母親がろくに料理を作らなかったから、ってか、家族で食べた思い出が無いからかな。」
「へえ、今も教育や育児を放棄して居るんだ」
「一昨年にガンで死んだよ」
ちょっとの間。これが苦しいんだ。
「詩音は片親か」
「いや、父親も今頃アフリカの北にいるし。親戚いないし」
僕は蕩けて最高の状態のキャベツの芯を確認。ベーコンは「錦市場」では良い物が手に入る。チリパウダーの香りが香ばしい。皿に盛り、サワークリームを流し込み、スライスした黒パンを添えて、めでたく僕らの食事が始まった。
「いやー。これは…こんな料理があるなんて思わなかったな。特にキャベツの芯は捨てていたことを後悔する」
「馬鹿者め。人が捨てる部分には素晴らしいものが沢山あるのだ。特に大根の葉っぱはマトンとガラムマサラで焼くと最高だぞ。…ん?」
綿星が涙を拭っていた。
「美味しいぞ畜生!」ばくばくと元気に食べるのは良いことだ。
食べ終わって、僕が煙草を平気で吸うのを見ていた綿星は驚いたようだったけど。ま、隠し事をするのは僕の性分じゃない。
しばらく無言で綿星が呟いた。
「詩音、自分のこととか、自覚しているのか?」
「う……やっぱり?」押し寄せてくる言いようのない不安。
綿星はフォークを行儀悪くキンキン鳴らしている。「けっこう重傷だよ」
僕が答えないで居ると、諦めたように綿星が呟いた。
「視点を逸らすっていうか、意識を希薄にするっていうのは簡単なんだけどね。それでも限界あっからなあ」
僕がふさぎ込んでしまうと、いきなり肩をどつかれた。
「まあ、私が居るから。心配するな!」
僕は綿星の言っている事が解らなかったけど、とにかく翌々日に綿星はとなりの204号室に引っ越して来た。