僕は14角形-19
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翌日、朝から綿星国子が寮にやってきた。僕の部屋はまだ爆発状態なので、とりあえず寮母さんの居るロビーへ上がって貰う。
「ようやく見つかったね。なんでも入院してたらしいじゃん。柄でもない」
「僕だって人間だから病気ぐらいはするさ」
「まあ、薄幸の少年としての才能はありそうだけどね」
「堀辰雄のサナトリウムじゃねえんだよ」
「そうじゃなくて、精神病院の閉鎖病棟じゃないの」
「失礼だね、君は。僕のはただの睡眠障害だよ」
寮母さんは絵を描くのに夢中で視野狭窄にしても、僕の変化に気がつかない綿星も不思議だ。極端に視力が優秀なので僕の瞳孔しか見えないのだろうか。
あの日から、近くのコンビニでは女子小学生・中学生・高校生及びお年頃の女性が極端に意識して嬌声を発したりする事件が頻発して行けなくなった。買い物に行く時には充分に武装するのだが、それでも被害者が出る。そこで、ふと思いついた。
「綿星、買い物に付き合ってくれないかな」
「いいけど。荷物持ちは拒否する」
「僕だってなにも電柱に買い物籠を引っかけたりしないさ」
「じゃあ、付き合うか。天気も良いことだし」
僕は麻のオーガニックな買い物籠を下げて「錦通り」に向かう。途中、女子中学生の群れに逢うが、不思議と無視された。良いことなんだけど、どこか空しい。
「錦通り」は相変わらず混雑している。にもかかわらず、僕はすっぴんだ。別に何も隠したり変装もしていない。何もかもが普通だ。通り過ぎた美容院の硝子に映る僕は、変わらずギリシャ的だ。何故だろう?
前に綿星と買い物に行ったときには「アキバ武装」していたので判るけど、今、全面的に顔を晒しているのに、何故か騒ぎが起きない。女子高生だって、僕に目を向けても何も起こらないのだ。
消去法で考えると、明らかに隣に立っている黒い電信柱という要素以外あり得ない。
僕は悶々と考え込みながら、他愛のない話を振る。
「100%のジュースって、なんか70%ぐらいのに負けてないかな」
「あー、それそれ。私もそう思う。なんでだろうね」
「純粋って、あまり美味しくないのかも」
「人間も適当に不純な方が健康だよ」
行きつけの八百屋に、珍しく中まで赤いカブを見つけた。これがあればボルシチが作れる。パプリカもチリパウダーも買う。意外に重要なセロリもちょっと冒険して「セロリソルト」を買ってみる。八百屋と交渉してキャベツの芯を大量に買い付ける。
「詩音って変な物ばかり買うねえ」
「どこが。今日の夕食はウクライナの人間だって涎を垂らすけどな。『詩音風ボルシチ』」
「ボルシチって何よ」
僕はぱたっと立ち止まった。「じゃあ、食べてみる?」