僕は14角形-10
「初めまして、わたくし、草冠家代々の……まあ、昔風に言えば『執事』にあたると思いますが、伊集院と申します。このたびは我が家のお嬢様との同じクラスと言うことで、ささやかなお茶会の席を設けさせて頂きました。ご不備あるいはご無礼も多々ありますと思いますが、どうかご容赦下さいませ。すでに車は用意してございます。お帰りの方も私どもで責任を持ってさせて頂きますので、どうかご心配なく。」
こんな時、僕は母親から受け継いだ血が騒ぐ。傲慢で、わがまま。
「能書きはいいから、僕を送って下さいな」
一瞬、伊集院の表情が凍り付いた。ざまみろ、あはは。
狭い路地裏から一端外の道へ出ると、ベンツ6.9のすさまじい鼓動が聞こえ、押しつけられるようなGが背中のシートにめり込む。筋肉質男の後に座らされている。なんでもこれが「一流のおもてなし」らしい。
しかし随分、郊外だ。草冠の家って、こんなに遠いとしたら毎日これか。うんざりだね。流れてゆく針葉樹の影が溶けてゆく。
草冠の物と思われる門を随分走ってゆく。途中に純和風の母屋があったのがけど、それを通り越し、なるほどと思わせるような洋館の手前ロータリーにベンツは停車した。執事の伊集院に導かれるまま吹き抜けのホールに入ると、草冠いちごが満面の笑みを浮かべて立っていた。今日はフリフリではなく、品の良いワンピースだ。奥の部屋からここまで既に香ばしいお菓子の匂いが流れてくる。
「こんにちわ、呼ばれた上に拉致されてしまいました。天羽詩音です」
「いらっしゃいませ、草冠の家へようこそ。お茶の用意が出来ていますので、こちらへどうぞ。」
ふかふかの絨毯やらシャンデリアを想像していたが、草冠家はそんな成金趣味と大分違うらしい。床は重厚な樫木で、それと合わせて設えたのか、どっしりと一体化した家具が配置され、飾られた絵は人物画が多い。極めて色彩が少なく、寮で制作中の野獣派とは対極をなしている。静謐で、心休まるような物ばかり。しかもどれも小さな物ばかりだ。ヨハネス・フェルメールやレンブラント、たまにフランソワ・ミレーっぽいのもあった。