悦子-28
悦子は2時間後に又白いワンピースを着ると、首筋のキスマークを隠すためのスカーフを巻き、清楚なお嬢さんに戻って帰っていった。いつものすっきりした歩き方ではなく、辛そうに歩いていたが、それはそうだろう。しかし今度泊りがけで来た時には、腰が抜けて歩けなくなるようにしてやる。でもそうすると、娼婦のような服を着せて人ごみの中を一緒に歩く楽しみが出来なくなってしまう。
栄一は久しぶりに創作意欲にかき立てられて悦子の匂いが付いた性器を拭き清めもしないフリチンのままで、ノートに向かい歌を書き付けた。ちょっと品が無いものばかりなってしまったが、そういう行為の直後だし、もともとそれが栄一の地でもあるから仕方無い。
『青臭い性臭のする口を寄せ 互いの唾液を交換し合う
光差す窓辺に立って君は言う 此処で私を辱めてと
紅い血が歯形をなして滲むのを 舐めれば君は甘く蠢く
悪趣味な下着を着せて眺めれば 菩薩のような君の眼と遭う
粘液の中でぶつかる肉の音 悲しげにひしゃげた音が』
これをもう一度便箋に書き、山辺に当てて寄付金を同封して送った。それから数日すると山辺から珍しく電話がかかってきた。
「山本悦子女史がそっちへ行く用があると言うから雑誌を託したんだが、受け取ったか?」
「ああ受け取った」
「今回偉く作風が変わったみたいだけど、悦子女史の来訪と何か関係があるんじゃないだろうな?」
「関係は無いけど、関係があったら悪いのか?」
「いや。だけど驚くべき事実が分かったんで、電話する気になったんだ」
「何だ?」
「驚くなよ」
「驚いた」
「まだ話していない。あの女史な、凄いお嬢さんだったぞ」
「凄い? 実は暴走族のボスだとか?」
「お前の頭脳構造は徹底的にピントがずれているな。昔からだけど」
「凄いという言葉に対する感性の違いだ」
「さようですかい。お前、小佐野寛二を知ってるか?」
「政界の黒幕と言われる小佐野寛二のこと?」
「そう。計り知れない金持ちだという小佐野寛二のこと」
「ハワイだか何処だかにホテルを持っているという奴のこと?」
「そう。こちらの地元でバス会社やら何やら沢山会社持ってる爺さん」
「それが山本悦子のパトロンなのか?」
「違う。そんなんじゃない。女史は小佐野寛二の孫娘なんだ」
「姓が違うじゃないか」
「だから娘の娘なんだよ」
「なるほど」
「驚いただろ」
「言われてみればそんなものかも知れないという気がする」
「悪いこと言わないから気を付けろよ。間違っても手を付けたりするなよ」
「何で?」
「何で? お前気は確かなの? 小佐野寛二と言えば日本政府を動かすくらいの力があるんだぜ。大事な孫娘を傷物にしやがってなんて怒らせたりしたらどうなると思う?」
「どうなる?」
「まあ、内閣情報局のエージェントがお前を始末して太平洋の奥底にお前の墓を作ってくれるだろうよ」