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悦子
【SM 官能小説】

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悦子-2

 「拝啓
  いつも先生の素晴らしい短歌を有り難く鑑賞させていただいている読者の1人でございます。先生の御作に心動かされ、遠く及ばないながらも何とか先生の域に近づいた作品を一生に1つでも良いから残したいものだと考えております。とは申しましても先生に拙い作品を送りつけて批評して頂こうなどという失礼なことは考えておりません。
 ただ、出来ますれば先生の作品について私の理解が及ばない所を質問させて頂き、素晴らしい作品をより良く理解させて頂けるならば幸いこれに過ぐることはございません。失礼は重々承知のことながら、このようなお手紙差し上げる次第でございます。
 
 『エルミタの夕暮れ時の物思い 黒い乳房に頬すりよせて』

 という御作ですが、エルミタというのは人の名前なのでしょうか。また、黒い乳房というのは何かの象徴なのでしょうか。実は私は、この作品が好きで好きで、いつも頭の中から離れない程なのです。心の中で何度この歌を口ずさんだことか知れません。それなのに何も分かっていないではないかと言われそうですが、素晴らしい芸術というものはそういったものなのではないでしょうか。何か意味が良く分からなくとも、人を魅了するという悪魔のような力があるものなのではないでしょうか。ですから私は不遜にも、この作品について良く分からない所があろうとも、私がこの作品の真価を理解していないなどとは思わないのです。この歌の持つ悪魔のような魅力は十分に分かっているのですから。ですけれども、この作品に惹きつけられれば惹きつけられる程、どうしてもその意味を知りたいという気持ちを抑えることが出来なくなってしまったのです。
 先生のお手を煩わすのは大変恐縮なのですが、お暇な折りにお教え頂くという僥倖にひょっとしたら預かれるかも知れないとずうずうしくも考えて、不躾なお手紙差し上げますことお許し下さいませ。
                        あらあらかしこ」

 勿論、住所と名前も書いてある。山本悦子という女名前である。しかし驚いたものだ。今時『あらあらかしこ』などと手紙を結ぶような人がいるとは知らなかった。これは相当な婆さんだなと思った。
 悦子が引用した短歌は栄一がフィリピンに旅行して娼婦を買った時のことを思い出しながら詠んだもので、彼女が激賞する程いいものかどうか自分には分からない。いい歌だと言われればそうなのかと思うけれども、歌になっていないと言われてもやっぱりそうかと思うだけである。今はフィリピンの社会情勢も大きく変わってしまったようだが、エルミタというのは当時マニラの一画に存在した猥雑な歓楽街の地名で、当時は不夜城のような賑わいを示していた。黒い乳房というのは何かの象徴などではなくて、現地の肌の色の黒い女の乳房というだけの話である。栄一はもともと肌の黒い女が好きで、エルミタに女を買いに行った時も一際色の黒いその女に真っ先に眼が行った。黒人と言っても良い程色が黒いのに顔立は西洋人の匂いが強い。明らかにスペインの血が混ざっているのである。
 フィリピンは300年以上スペインに統治された過去があり、スペインは同化政策を採ったから混血が盛んに進み、現在のフィリピン人の大多数は多かれ少なかれスペイン人の血が混ざっているのである。それが遺伝の法則の発現の仕方によって際だって現れる場合がある。その色黒の女性が正にそうであった。白い小さなビキニを身につけていたが、腫れ上がったような大きな乳房はビキニのブラを飛び出しそうであった。その女と過ごした汚いホテルでの一晩は、栄一にとってかなり大切な思い出になっていた。歌に詠んだ如く栄一は女の大きな乳房に終始まとわりついてじゃれていたのである。
 シェイクスピアのソネットに関しても、そこに出てくる黒い女というのが何者なのか今に至るまで多くの学者の頭を悩ましているが、栄一の短歌に関しても少なくとも1人はそういう風に頭を痛めてくれている訳である。有り難いことだ。これは是非とも返事を出さなければ罰が当たると思ったが、あっさり種を明かしてしまえば失望されてしまうのが落ちだろう。失望されたってもともとそんな程度の短歌でしかないからどうでもいいのだが、手紙を書くのが面倒で放っている内に栄一はこの手紙のことをすっかり忘れてしまった。


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