妙子2-21
「仕事の後で疲れてるというのは分かるが、やっぱり何処か深夜喫茶にでも行って話をしないか?」
「気にしないでいいですよ。私がここでいいと言ってるんですから」
「そうか。それなら此処でもいいが、話というのは史郎のことなんだ」
「史郎ちゃんがどうしたの? そう言えばこの所全然来てくれないけど」
「うん。実は史郎は刑務所に入ってる」
「え? 何をしたの?」
「いや、大したことじゃない。要するに仕事をしたんだ」
「それで?」
「それで少し厭な仕事を押し付けたから、『俺に出来る事があったら何でもしてやる。俺に出来ないことなら社長に頼んでやる」と言って仕事をやらせたんだ。すると史郎は『久美のことを頼む』と言った」
「私のことを頼むって何ですか?」
「うむ」
「私と結婚したいから私を説得してくれと言うんですか?」
「そうじゃない」
「いくら説得するのが研さんの仕事だってそれは駄目ですよ。私だって仕事で史郎ちゃんと付き合ってただけなんですから」
「それは分かっている」
「だったら何ですか?」
「つまりあんたを説得してくれという話ならそれは俺には出来ない。そういう男と女の話に首を突っ込むのは俺は大嫌いなんだ」
「妙ちゃんにしつこくつきまとう男がいたら始末してやると言ってたじゃないですか」
「そういうのは得意だが、縁結びみたいなことは不得意なんだ」
「なるほどね。それで史郎ちゃんに何を頼まれたんですか?」
「史郎はあんたと結婚したいと思っているし、あんたも史郎と結婚したがっていると思い込んでいる」
「ですから、それはそう思い込ませるのが私の仕事なんです。研さんだって言ってたじゃないですか」
「分かっている。俺はあんたを説得したり非難したりする為に来てるんじゃない。『急に姿を見せなくなって久美が心配するといけないから事情を説明して安心させて欲しい』と史郎に頼まれたから、説明しに来ただけなんだ」
「そんなこと初めから心配なんかしてません」
「うん。それならいいんだ。史郎もそんなに単純な奴じゃないから、2年も頭を冷やしていればあんたが仕事で嬉しがらせを言ってただけだということに気が付くだろう」
「そんなことどうでもいいです。そんなことより此処に来て貰ったのは、私の方にも研さんに話があるからなんです」
「ほう」
「私の家に来て貰ったんですから話というのは分かるでしょう?」
「何か込み入った話なのか?」
「意外に鈍いんですね。話というのは私と付き合って下さいということです」
「ん?」
「妙ちゃんと付き合っていることは知ってますけど、お店では今までどおり妙ちゃんを指名してくれて構わないんです」
「うむ」
「私はもっと個人的で親密なお付き合いをしたいんです」
「それは無理だ」
「だって妙ちゃんとはホステスとお客さんというだけなんでしょう?」
「そうだったんだが、今はそうでなくなった」
「まあ」
「という訳だから悪く思わないでくれ」
「悪くなんて思いません。妙ちゃんとのことは気にしませんから、これから私と付きあって下さればいいんです」
「だから、もうそれは遅い」
「妙ちゃんとどういう関係であろうとも私だって大人ですから、そんなこと気にしませんよ」
「そういう問題じゃない」
「どういう問題ですか?」
「あんたはこの街で1番大きな店のナンバー1だ。しょぼくれたヤクザを相手にする必要はない」
「そんなこと言っても駄目ですよ。私にだってヤクザの知り合いくらいいます」
「ほう。だから?」
「だから研さんのこともいろいろ聞いて知ってます」