妙子2-15
「前はしょっちゅう歌ってたの。そしたらちょっと上手いの鼻に掛けて歌ってばかりいるって陰口されちゃって。それから歌わないことにしたの」
「そんなの気にするな」
「うん、でも」
「そういうのを一々気にすることは無いんだ」
「そうだけど」
「俺は又、歌が嫌いか下手かで歌いたくないんだと思って無理強いしなかった。だけどそういうことだったら今度は無理にでも歌わせるから歌えよ。人の陰口なんて気にする必要ないんだ」
「うん。研って優しいんだね」
「優しくないから無理にでも歌わせるんだ」
「だって今まで無理に歌えって言わなかったから」
「そんなのは優しいという程のことでもない」
「優しいよ。俺が歌えって言ってるのに歌えないのか、なんて言う人だっているんだから」
「そういう時はどうするんだ?」
「一緒に歌ってくれたら歌うって言うの」
「ほう」
「それで口だけ動かして声出さないの」
「それで文句言われないのか?」
「マイク持つとみんな自分が歌うのに夢中で人の歌なんか聞いてないよ」
「なるほど。お前も結構利口なんだな」
「うん」
「まあ自然に身に付いた知恵なんだろうな」
「うん。歌いたくなければ、こうすればいいのよって久美ちゃんに教わったの」
「それじゃ自然に身に付いた知恵とは言えないじゃないか」
「うん」
「何でも『うん』と言うんだな」
「うん。え?」
「さて、何を喰おうか」
「研は何が好きなの?」
「俺は特別これが好きだという物はない」
「それじゃ又私が決めていいの?」
「いいよ」
「さて、腹もいっぱいになったし、帰るか」
「うん」
「俺は北口だからあっちだ。お前はこっちだろ」
「送ってくれないの?」
「家までか?」
「うん」
「まあ、ついでだ。そうするか」
「何のついで?」
「早起きして1日潰したついでだと言ったんだ」
「そうか」
「結構綺麗なアパートじゃないか」
「名前はマンションなの」
「見かけもマンションで通る」
「上がって」
「いいのか?」
「そのつもりが無かったら此処まで送って貰ったりしないよ」
「そうだな。女だからやたらに家まで送らせて場所を教えるようなことはしない方がいいぞ」
「そんなこと分かってるよ」
「中も綺麗にしてあるな」
「見かけによらず綺麗好きなのよ、私」
「別に見かけによらずっていうことはない」
「何か飲む?」
「あるのか?」
「あるよ、何でも」
「お前店では飲まないじゃないか」
「家でも飲まないよ」
「そうだったな。飲めないと言ってたな。それが何でこんなに置いてあるんだ」
「友達がスナックにいて、期限切れのボトルをくれるの」
「いい友達を持ってるな」
「だからみんな口が開いてるんだけど」
「口を開ける手間が省ける」