た-5
由布子さんはそっとワインを一口飲んだ。
兄貴と由布子さんは、高1からの付き合いで―――
その仲はみんなが羨む程だった。
兄貴は2つ下の俺を可愛がってくれて
たまにデートに一緒に連れて行ってくれた。
2人は結婚するものだと、誰しもが思っていた。
そう、兄貴がこの世を去るまでは。
2人は兄貴が主任になったら結婚しようと決めていた。
先延ばしなんかにしなければよかったのに。
兄貴は由布子さんと付き合って10年目にこの世を去った。
この会社は30か31で主任になる。
それまでお互いに仕事を頑張ろうと話しあったんだろう。
男女均等法が施行されたのも後押ししたのかもしれない。
「もう、博之がいないのは分かってるわ」
分かってなんかいないのは、その目が語っていた。
由布子さんは6年前に死んだ兄貴と今も2人で生きている。
兄貴は、人気者で男らしくて優しくて誰からも好かれる男だった。
俺も由布子さんも兄貴が大好きだった。
そんな兄貴の後を追って、同じ会社に入社した時は
2人でこの店でお祝いしてくれたんだっけ。
2人は自分たちの事のように喜んでくれて。
あの時は幸せだった。
由布子さんを好きだと思う気持ちはあったけど
兄貴に敵うはずもなく
兄貴と幸せそうに笑う由布子さんが好きだった。