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青熟の車輪
【ロリ 官能小説】

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優里菜-1

 姉さんが結婚を決めたのは今から7年前、34歳の時だった。
 いまどきその年齢ならたいして晩婚ではないだろう。相手は3歳上の当時の次長。奥さんを亡くし、その連れ子の障害のある娘を一人で育てていた。そこへ姉さんがうまいこと接近し、結婚になだれこんだ、というのが母の分析だ。
 顔合わせの会場である高級中華料理店の個室に入ったとき、車椅子から身を乗り出して無邪気に回転テーブルを回していた4歳の優里菜ちゃんが、こっちに視線を投げてきたのがファースト・コンタクトだった。彼女の、どこまでも深く透明な、無垢な瞳に引き込まれそうになった僕は慌てて目を逸らした。その時の情景は今でもはっきりと覚えている。ジクリとした胸の疼きと共に。
 4歳児にときめき?ばかな。美少女と目が合って動揺しただけさ。
 姉さんと優里菜ちゃんは、まるで本当の親子、いや、本当の姉妹のように一緒になってはしゃいでいた。母いわく、娘から攻略した、という邪推は、あながち外れてはいなかったのかもしれない。
 それからは幾度か会う機会があった。結婚披露宴はもちろん、年に数度の帰省、そして不定期イヴェントのような突然の里帰り。見るたびに彼女は大きく成長し、無垢さと引き換えに憂いを身に着けていった。
 「鷹志さーん!」
 でも、天真爛漫な朗らかさは失わなかった。
 「行くよー!」
 彼女の車椅子は、なかなかにスポーティだ。楽器やバイクで有名なメーカーが手掛けたもので、低重心なうえに回転軸中央の真上に重心が来る50:50荷重設計のフレームは、信じられないような高機動を可能にしている。
 ザザザーッ。
 「きゃはっ!」
 今も僕の目の前で豪快なノーフェイント・ドリフトターンを決め、捕まえようと伸ばした手を掠めるように走り去った。四輪独立懸架式マルチリンク・サスペンションが生み出すしなやかな路面追従性と抜群の操縦安定性が、彼女の走りを支えている。
 そのうえアシスト・モーター搭載のハイブリッド。上り坂も苦にならない。彼女に出会うまで、ノロノロと陰気臭いというイメージを車椅子に持っていたというのが正直なところなのだが、テクノロジーは車椅子をこんなにも楽しい乗り物に変えてしまった。
 デザインもモダンだ。車輪の両サイドを覆うディッシュカバーの表面では戦隊ヒロインが華麗な変身ポーズをキメているし、フレームも介助ハンドルも無味乾燥な鉄パイプなどではなく、優美な曲線を描く軽量合金製だ。カラーリング・オプションも、パーツごとにかなりの種類から組み合わせられるらしい。布部分に至っては、好きなものを持ち込み可能だというから驚きだ。
 「きゃーっ!」
 車椅子の出来の良さが優里菜ちゃんの零れ落ちそうな笑顔に貢献していることは間違いないだろう。その瞳のなんと濁りの無いことか。僕が今の仕事で相手をする子供たちとは別の生き物のようだ。
 スタジオに連れてこられた女の子たちは、怖がりも泣き叫びもしない。言われるままに服を脱ぎ、命じられたポーズをとって体のどの部分でもレンズに向け、場合によっては無抵抗に縛られる。自分たちがなぜそこに連れてこられたのか、何をすべきなのかを理解してしまっているのだ。その瞳には何の光も灯ってはいない。撮影が終わって帰る時、連れてきた大人たちが封筒を受け取って機嫌がよくなるのを見た瞬間だけ、ほんの微かな笑みを見せる。そこに至るまでに彼女らに何があったのか。それを考えてしまっては仕事にならない。
 「ひょーっ!」
 優里菜ちゃんがすぐ横を駆け抜けた。この公園にはたくさんの子供が走り回っているが、彼らとなんの違いも感じられない。足で走るか、車輪で走るか。それだけのことだ。彼女になんの障害が…。
 ガッ、ガザザァー。
 「ああっ!」
 「優里菜ちゃん!」
 調子に乗り過ぎたのだろうか、車椅子ごと転んでしまった。僕は慌てて駆け寄った。
 「大丈夫?」
 大丈夫なわけないけど。
 体の上にのしかかった車椅子をどけ、手を差し出した。優里菜ちゃんがそれを握る。
 健常の子なら、転んでも手を引く程度で自分で立ち上がり、また走り出す。
 でも、優里菜ちゃんは。
 「…。」
 地面に座らせ、片膝を突いて彼女の上半身を担いだ。
 「いくよ。」
 気合を込めて抱え上げ、車椅子に乗せた。
 「…ごめんなさい。」
 瞳の奥の、光が消えた。
 「痛い?」
 フルフルと首を振った。本当は僕も分かっていた。唇をキュっと結んでいるのは体が痛いからじゃないことを。
 「帰ろっか。キズの様子も見なきゃね。」
 優里菜ちゃんはコク、っと頷いたきり、口を開かなかった。
 家に連れて帰った僕は姉さんにこっぴどく叱られた。いつもなら言い返すのだが、今回は完全に僕に非がある。黙って叱られた。そのうち姉さんは怒ったような困ったようなヘンな顔をして、怒鳴るのを止めた。
 そのあと、姉さんに風呂に入れてもらっている優里菜ちゃんの泣き声が聞こえた。


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