おやすみ-1
「ねえ、こんな物語を書いたら誰か読みたいって思ってくれるかなあ。」
「どんな?」
「若き日の美濃村源治、盾風剣太朗、そして菅野清成が、四人の少女たちと繰り広げる恋の物語。」
「恋愛小説?」
「プラス。源治はなぜ泌尿器科医を目指したのか、剣太朗が魂に狂鬼を宿したのはなぜなのか、内気な清成が仕掛けた勝負とは、そして私のおばあちゃん、白羽鳥レイラが若くして死んだのはなぜなのか。」
「青春群像劇、ミステリー風味?」
「そんな感じ。」
「どうしたの、急に。医者やめるの?」
「やめないよ。でも、私しばらく仕事できなくなるじゃない、もうすぐ。その時間で書いてみようかな、ってね。」
「なるほどね。じゃ、挿絵は僕が…」
「描けるの?普通の絵。」
「基礎があってこその個性だよ。芸術は感性だ、なんて本気で考えてるヤツがいるみたいだけど、感性が意味を持つのは最後の最後、ほんの数パーセントのところだよ。」
「そうなんだ。」
「例えば医者だって、知識と技術があってこそのひらめきだろ?諒子が僕の症状の原因を探り当てたように。」
「まあ、そうね。」
「もっと極端な例をあげるなら、言葉を知らずに小説は書けない。どんなに凄いテーマをひらめいても、それを表現する手段としての媒体が必ず必要になる。それは色だったり、音だったり、文字だったりね。そして、媒体を自在に操るには知識と技術が必要なんだ。」
「なるほどね。じゃ、私に小説はムリか。」
清志は私を見つめたまま首を振った。
「知識や技術より大切なものが有る。表現したいという”想い”だよ。それがあれば、おのずと能力はついてくる。」
「そっか、私がどのくらい書きたいか、ってことね。」
「そうそう。」
長年住み慣れた一人暮らしの部屋を出て、清志と二人で借りた小さなアパート。お金がないわけではない。ただ、こういう所から家族を始めたかっただけ。
私は大きくなったお腹を撫でさすった。
「この子たち、ひいおじいさんたちの若いころの活躍の物語、読みたいかなあ。」
「僕は、読ませてあげたいな。諒子のおじいさん、僕のおじいさん、そして蘭火のおじいさん。この三人抜きに僕ら家族の成り立ちは語れないからね。」
「ふふ、そうね。」
もう一度お腹を撫でた。
「子供は3人、て諒子に言われたけど、まさか一発で揃っちゃうとは思わなかったよ。」
「そのかわり大変だろうね、三人同時に育てるんだから。」
「そうだなあ。苦労も三倍か。」
両手をお腹に乗せた。
「…読みたいと思ってくれるかなあ。もし、そう思うなら、なんらかの方法で教えてねー、君たち。」
「諒子、そろそろ…。」
「あ、そうだね、私が体を大事にしなきゃ。」
唇を合わせた。
「ねえ、この子たち、どんな物語を見せてくれるのかなあ。」
「それはまだ先の話だよ。」
唇をもう一度。
「おやすみ、諒子。そして僕らの子供たち。」
「おやすみ、私の家族たち。」