ホテル街の夜-1
…。
怒る気にもなれない。
私は医師として彼の治療をやり遂げた。その過程でいい夢見せてもらった、というだけのことなのか。
「あ、諒子ー!」
見つかったか。別にやましいところは無いけどね、偶然通りかかっちゃっただけなんだから。
「諒子、ちょうど会いたかったんだ。」
会いたかった、じゃないっちゅうの。
やっぱり蘭花にするよ、おかげでちゃんと勃つようになったし、先生ありがとう、さようならー、って話でしょ?
…幼馴染でしかも若いからね。あの子には適わないのか。
「あら奇遇ね。こんな所で何してるの?」
メインストリートから二筋裏に入ったちょっとアヤシイ雰囲気の薄暗い路地。
この街はね、こういう観光客が絶対近づかない所にこそ隠れた名店が多いの。西洋東洋中近東中南米南半球…万国博覧会のレストラン街かと思うくらい、ありとあらゆる国の料理が食べられるのも大きな特徴。
今日は清志を晩御飯に誘ったんだけど…断られたからひとり飯に来た。それなのに。最悪の遭遇。
ちなみに晩ご飯に選んだのはパキスタン料理。インド料理に似てるけど、微妙に取り合わせや味付けの傾向が違う。ていうか、店ごとに全部違うのよね、当り前だけど。
で。
この路地のもう一つの顔、いや、そっちの方がむしろ市民に親しまれているかもしれないんだけども…。色とりどりの、姿かたちも千差万別のお城が立ち並んでいる。それらは夜になるとライトアップされ…男女のペアを吸い込んでは吐き出す。
そう、ついさっき清志と蘭火を吐き出したように。
「僕?蘭火とホテル。」
シレっと言いますか、君はそれを。
「そうなんだ。うまくいった?」
「うん!諒子のおかげだよ。」
無邪気な。それゆえに人を傷つけることもあるんだぞ。
「喜んでくれた?」
「すごく。大きな声を出して喜んでくれたよ。どっちかの部屋じゃなく、ホテルにして正解だった。近所迷惑になっちゃいけないから。」
き、近所迷惑なほどの大きな声…。そんなによかったのか。
「そして、おめでとうって言ってくれた。」
ふむ、まあそれは普通の反応かな。
「そう、よかったね。」
「初めてが私で嬉しい、とも言ってたな。」
そっか。診察室ではおじいちゃんにジャマされて出来なかったからね。よかったね、私に初めてを奪われなくて。
正直、とんでもなくショックで寂しい…けど。清志が幸せになるなら、応援してあげるべきなのかな、おねえさんとしては。
でも、このままじゃ悔しいから、ちょっとからかってやろう。
「ね、私もおめでとうって言いたいから、今から一緒にホテルどう?」
「ムリ。」
即答…。ちょっとぐらい悩めよ、バカ…。
「ごめん、蘭火とのことが片付いたから、どうしても急いでしなきゃいけない大事なことが出来たんだ。また連絡するよ。じゃ。」
じゃ、って…。
行ってしまった。
…。
今日は食べるだけのつもりだったけど、飲もう。朝まで。明日も診察あるけど。酒でも飲まなきゃ寒すぎる。もう12月だもんねえ。