高層ビルに切り取られた空-1
「へえ、こんな所にこんな素敵な公園があったんだ。」
ここは私たちが住んでいる市の中心街。周辺には市役所庁舎をはじめとする高層ビルが立ち並び、完全に都会のド真ん中。
そんなローケーションにありながら緑豊かなこの公園は、市民たちの安らぎの空間だ。
地元民には広く知られ親しまれているが、観光ガイドには載っていない。他に紹介すべきスポットが多すぎてスペースが足りなくなるからだ。
海と山脈に挟まれた細長い平地という特異な地理的特徴により、観光地に必要なものは市内だけで何でも揃っている。
山のエリアには、植物園、牧場、展望台、芝スキー場、アスレチック、日本初と言われるゴルフ場など、自然を生かした施設が点在し、それらを観光道路とロープウェイが繋いでいる。
海のエリアには、観光クルーズ船、ヨットハーバー、海水浴場、観光ホテル、広大なショッピングモール群、キャラクターテーマパーク、巨大な観覧車などなど、最新の観光施設が湾岸沿いにひしめいている。ちなみに、貨物用の港もあり、世界最大級の船舶が無理なく接舷出来るだけの規模と設備を誇る。もともと海外貿易港から始まった街だからね。
市街地には、洋館の立ち並ぶかつての外国人居留地、広範な時代にまたがる名所旧跡、重厚な歴史的建造物、美術館、博物館、動物園…。そしてもちろん、大きな都市によくあるものは全部ある。
オシャレなイメージの強いこの街は、実は食文化も優れている。
パンの消費量全国一位で、それゆえに市民の評価が厳しい。安易によそから侵入してきたヘタなパン屋はあっという間に消える。ケーキも有名店が多いし、世界各国のエキゾチックな料理店が軒を連ね、舌を愉しませてくれる街でもある。
市内を南北に縦断すれば、それらのダイジェストを一日でムリなく堪能することも可能だ。
かつてこの国の中心であった古都、食とオバチャンで全国に名を轟かす商人の街、そして私たちの街を合わせた三都を知らぬ者は居ないだろう。
おっとっと、ご当地自慢はこのぐらいにしておこう。せっかくの素敵な時間なのだから。
「清志くん、この公園知らなかったの?」
「うん、まだ越してきて四年ぐらいだから。」
「そうだったんだ。」
なるほど。四年目の移民にはまだハードルが高かったか、この公園は。ふふふ。
お昼前に駅前で待ち合わせし、市立美術館でずっと楽しみにしていた特設展を鑑賞した。もうすぐ全面改装で二年近く閉館しちゃうからその前に来たかった、というのもあるけど。
ことろで、館内での清志くんはちょっと浮いていた。
柵から顔を突き出して見ている人が多い中、清志くんは三歩ぐらい下がったところからくつろいだ様子でブラブラと眺めていた。
そんなに離れてていいの?って訊いたら、諒子さん、音楽はテキトーに聴き流せばいいって言ってたでしょ?絵も同じだと思うんですよ、画家はテレビのドットを凝視するような見方は望んでいないはず、って言われた。
なるほど。
その後お昼ごはんを食べた。駅前のシャレた店ではなく、夜にひとりで行ったらアブナイようなエリアの裏通りにある中華の隠れた名店に連れて行ってあげた。
清志くんは一口食べるなりビクン、と驚き、あとはもうほとんど無言で食べ続けていた。店長が中国語と日本語の入り混じった言葉で礼を言いながら肩を叩きに来るぐらいに。彼は美味しい食事への感謝を笑顔で返していた。
その時私は胸がジクっとなるのを感じた。清志くんが私の部屋に初めて来たあの日からそれは何度も訪れていて、その正体を私は知っている。でも…。
「座ろっか。」
「うん。」
芝生を囲む様に配置されているベンチの一つに座った。他のベンチにも何組もの男女が仲良く肩を並べている。彼らは本物の恋人同士なんだろうな…。
ようやく過酷な残暑が過ぎ、かといってまだ寒くはないこの季節。ぽかぽか陽気がこの公園の魅力をいっそう引き立てている。
「ベンチまで素敵だね。シンプルなのに優美な曲線が絶妙なバランスで座る人を支えている。」
「でしょ、でしょ?お気に入りなの、このベンチ。」
清志くんは、ふぅ、っと息を吐き、目を閉じてベンチに背中を預け、公園の空気を味わっている。
座っていてさえ私より頭一つ高いその横顔は安らぎに満ち、まるで眠っているかのようだ。
私も彼の隣で目を閉じ、胸いっぱいに同じ空気を吸い込んだ。
彼と一緒に居ると私までもが穏やかな気持ちになれる。
チチ、チ。
名前の分からない鳥の声が遠くに聞こえた。
チチ、チ、チチ。
私は目を開いて隣を見た。清志くんはまだベンチにもたれている。
その時、ヒューっと強い風が吹き付けてきて、私は思わず体を傾けた。
私の肩が清志くんの腕に触れた。
見上げると、彼は穏やかな瞳で私を見つめていた。
…私、この人の隣に居ていいんだ。
チ、チチ。
体がポカポカあったかくなってきた。日差しは翳りつつあるというのに。
「ね、ねえ清志くん。」
何だか気まずくなって話しかけた。
「なに、諒子さん。」
清志くんは一瞬足元に視線を落とし、ゆっくりと私の方に戻した。
「いつもはもっと、ワケ分からな…珍しい柄のシャツ着てるよね。」
今?いま訊くの、それ。この流れで?諒子、他に言うことが…。
「うん。」
「今日は白無地なんだね。」
「そうだよ。美術館を僕の色で濁らせたくなかったから。」
チチチチチー。
鳥が一羽、鳴きながら飛んでいった。サワー、っと大きく風が流れた。
「なんとなく、だけど分かる気がするよ。」
彼はにっこり笑った。
「諒子さんならそう言ってくれると思ったよ。」
私も微笑み返した。
ザワー。
木々の葉が揺れた。なんだか雲が黒っぽく重い色になってきた。