この体勢って…-2
上の方は見ないように頑張りながら、右太腿のお茶がかかったと思われる部分を観察した。
近づいて見て改めて気付いたのだが、思いのほかキメの細かい肌をしている。しかし、けして体毛が薄いとか女性的というわけではない。筋肉の引き締まった男らしい足だ。
「なるほど。」
「どうですか、先生。」
「うーん、そうですねえ。表皮が赤く腫れてはいますが、真皮までは達していないようです。ターンオーバーですぐに分からないぐらいに治りますよ。全治一カ月。」
「え、え?」
ふむ、説明してあげようではないか。
「簡単に言うと、皮膚の深いところまではダメージが達していないので、新しい皮膚と入れ変わってキレイに治る、ということです。ターンオーバーというのは、新しい皮膚細胞が生まれて表面に上がっていき、垢となって剥がれ落ちるまでの期間を表します。年齢や個人差はありますが、約28日で完全に細胞が入れ替わるので、全治一カ月、というわけです。まあ、実際には表皮の底まで傷んではいないでしょうから、もっと早く治るでしょう。」
おー、みたいな顔で彼は私を見つめている。知的ポイント、アップかな。
「専門以外もすごいんですね。」
「医師免許って、何科の免許、って決まってないんです。全部の科を出来ないとダメ。その上で自分で決めるんですよ、何科をやるか。」
「…それって、とんでもなく広範な知識と技術を必要としませんか?」
「その通り。だから医大入学から一応の一人立ちまで最短でも十年かかるんです。でも、それじゃまだ一人前とは認めてもらえません。そこからが本当の勉強といいますか。」
「え、でも美野村先生は僕より三歳ぐらい上にしか見えませんよ?」
実際には六歳上だけど黙っておこう。
「…待ち合い、スゴイことになってるでしょ?足りてないんですよ、医師が。あ、上の先生たちとのグループ診療になっているのでご心配なく。」
「上の?グループ…。」
「自分より先輩の医師の事を慣習的に上の先生、って呼ぶんですよ。グループ診療は担当医一人で完結させないで、カンファレンス…あ、複数人で情報共有し、相談しながら診療する形態です。まあ、うちの場合は祖父と父ですけど。」
「じゃあ、僕の診察も、えっと、上の先生?と情報共有してるんですか?」
「え…ええ、症状と経過は。」
「実際の治療方法は?」
「そこは…精神的な要因をクリアしていく、という方針だけは…。」
マズい。一人前じゃない上に診療内容を誤魔化してるいい加減な女だと思われてしまった。
「よかったー!」
「え?」
「具体的な治療内容まで諒子先生以外に知られてると思ったら、なんか緊張しちゃいますよ。それに、上の先生方には失礼ですけど、知識は新しいほど信用できますし。」
「そ、そうよね、そう思って。」
「諒子先生だから僕、安心して身を任せられるんですから。改めまして、よろしくお願いします。」
「お、お願いされます。」
なんか、これで良かったみたい。やれやれ。
しかし、身を任せる、って…。
「さあ、医者モードはここまでよ。」
「うん、僕も患者モード終了。」
さて、胸見せが失敗しちゃったから、次の作戦に…って、これマズくない?
「あ、あの…。」
「なに?」
「医者・患者モード終了したわよね?」
「そうだよ。」
「私たち、恋人モードに戻ったのよね?」
「うん。」
「医者・患者じゃない恋人同士が、二人きりの時に男の方がズボン脱いでたら?」
「あ…。」