第40話 『ささやかな狂気』-2
「日付までピッタリです。 まあ……しばらく『学園』をお休みしてました。 『隔離棟』っていって、全国各地の『学園』で不適合になった生徒が、1箇所に集められる施設があるんですけど、ご存知ですか?」
「いえ……初耳です」
「そうですよね。 普通は『隔離棟』に入った時点で、ほぼ全員中退します。 学園に復学するケースなんて、あたしが知るかぎり、あたし以外は誰もいません……あたしは1ヶ月間そこにいて、運よく復学が認められたんですけど――……」
と、ふいに49番は口を噤んだ。 何度か視線を上下させ、黙ったまま眉を顰める。 そうしてしばらくたったところで、静かに首を左右に振った。
「……――あんまり話したくないから、このくらいで止めときます。 まあ、そんな感じで丸1ヶ月は学園にいなかったんですよ。 でも、あたしが復学した日に気づいてくれた人がいたなんて、驚きです。 てっきり誰も気にしないって思ってましたから……ちょっぴり嬉しいです」
「嬉しいだなんて、そんな……。 気づいてただけで、声をかけてもいませんから……」
「いえ、気づいてくれるだけで充分です。 あたしなんて、本来存在する価値もない、当然誰かの意識に残る理由もない、生ゴミ以下の牝ですから♪」
そういうと、49番はニッコリほほ笑んだ。 22番は喉から出かかった『そんなことないです』という言葉を、ゴクリ、呑込む。 49番は、本心から自分を『生ゴミ以下』といっている。 なぜなら彼女の笑顔には、お為ごかしの反論や慰めを拒絶する、明確な意識が透けていた。
しばしの沈黙を経て、お互いのクラスに話題が移る。 22番曰く、2組の良い所は、誰がリーダーになったとしても、リーダーを建てようとする所。 悪い所は、致命的なミスを連発して補習を受けまくっている所。 49番曰く、1組の悪いところは、陰湿なところ。 良い所は、少しでも成績をあげようとするハングリーさ……但し、担任に煽られて盛っている点は否めない。
「――みたいな感じで、体育祭でも色々考えて、クラスみんなで真剣に勝ちにいったんですよ。 結果は……残念ながら、一歩及びませんでしたけどね」
「何いってるんですか。 観る人が観れば分かります。 他学年はいざ知らず、Cグループ同士だったら、2組さんが一番なのは間違いありません」
「そういってくれると嬉しいんですけど、結果は結果です。 みんなは知りませんが……少なくとも私は受け入れてますから、気を遣わないでください」
「グッドルーザーなんですね〜。 1組なんて、みんな揃って『どんな命令するか』で盛りあがってました。 グッドウィナーになるチャンスなのに……もったいないです」
寂しげに微笑む49番に、
「1組さんが『学園的に優秀なクラス』ってことですよ。 49番さんがクラスの少数派っていうことも含めて、『学園』が聖人君子を育てる場所じゃないっていう、何よりの証拠になりますね?」
22番が悪戯っぽい瞳で応じた。
「うふっ……そうきましたか。 そんな風に考えたことなかったですし、監視カメラがどこにあるか分かりませんから、大きな声では頷けませんが……概ね同感します。 この『学園』ってなんなんでしょう」
「ほら、『負けるが勝ち』っていうじゃないですか。 『狂ってるのが正解な社会』なら、『出来損ないが優秀な学園』っていうのもアリ――ってことで」
「ふふふっ♪ 22番さんって、堂々と毒も吐いちゃう人なんですねー」
「相手が49番さんだから……っていうのもありますけど。 ふふっ」
クスクスと忍び笑いを交わす2人は、自己紹介したばかりの間柄には見えず、ずっとせんからの知己としても違和感がない。
やがて太陽が南中し、食事時がやってくる。 49番は自分に割り当てられたランチボックスを半分ずつ分け、遠慮する22番に渡した。 いつしか22番はベンチの脇から49番の隣へと腰を下ろす。 クラス、カリキュラム、寮――話題が一通り巡ったところで、関心はお互い自身に戻ってきた。
「さっき『1学期は1組で浮いてた』みたいにいってましたけど、今は大丈夫なんですよね」
「……浮いてるのは、今も相変わらずです。 ただ、イジメられるっていうのはなくなりました」
「それって多分、49番さんが何か頑張って変えたからと思うんですけど、どうやって自分を変えたんですか」
「頑張って変えたといいますか……う〜ん、そういう風でもないんですけど。 少なくとも頑張る、なんて前向きな表現とは違う気がします」