第37話 『屈服ダンス』-1
謝罪を終えた時点で、時計の針は午後1時を回っていた。 50番が食事をとり、2番は床に額づいて食入るように食堂の壁を見つめている。 そこには1組生用寮『湿実寮』に代々伝わる『感謝の舞』の振付パネルが並べてあった。 50番が2番に、自己毀損、謝罪に続いて発した最後の命令は、
『貴重な日曜日を割いて相手をしてくれた私に、誠心誠意感謝しなさい』
またしても登場した『誠意』が意味するところは、1組スタイルの『踊り』を指す。 『尻振りダンス』『腹踊り』『カンカン踊り』といった風俗がごっちゃになったような、お世辞にも素敵とはいえない踊り。 けれどこれをマスターしないうちは、50番から逃れられない。 2番に背負わされた課題は『50番が食事を終えるまでに振付を覚え、残り時間で50番に感謝の気持ちを受け取ってもらう』――2番は食入るように、並んだパネルを睨んでいた、
……。
「体育でさんざんやらされてるでしょうに。 おけつにキレが見られなくってよ。 もっとつっぱって、チツマンコしっかり挟んで、お肉を搾るの。 スロー、スロー、クイック、クイック……スロー、スロー、クイック、クイック……」
パン、パン、パン、パン。 掛け声に合わせ、50番は手拍子をうつ。 後ろを向いて50番に尻をむけた2番が、ブリッブリッ、激しく尻をくねらせる。 漫然と尻を振っているわけじゃない。 腰と尻以外は静止し、尻だけが周辺筋肉から浮かぶようにプルプル揺れるのが、1組食堂パネルにある『ケツ振りダンス』の要諦だ。 床に踏ん張る足がずれたり、上半身がよろめくなんてもってのほか。 尻以外をピシッと止めるべく全身を緊張させて尻を振る『ケツ振りダンス』、単純な運動と思いきや、見た目より遥かにハードな運動といえる。
「次にいくわよ。 手を腰にあてて、背伸びする。 貴方、たいしてスタイル良くないんだから、爪先だちでちょっとでも足を長くお見せなさいな。 サンハイ……スロー、スロー、クイック、クイック!」
「くぅん……ッ」
随時飛んでくる指示にあわせ、その都度2番は体勢を変える。 腰に手を当てたと思えば後頭部に組まされたり、真上にバンザイしながら尻を振らされたり、尻たぶを鷲掴みにしてみたり、菊蕾が見えるようにグイと左右に割り拡げながら尻を揺すったり……どのポーズで尻を振る場合でも、尻以外を動かさないルールは健在だ。 膝に手をついてギリギリまで重心を後ろに移し、でばった尻を左右に振るときも、膝から下は微動だにさせずダンスに興じた。
「貴方の形が悪い後頭部、いい加減飽きてきたわ。 ぶさいくな鼻を見てあげるから、顔半分だけ振り返りなさい」
今度は顔の向きにまで注文が入る。
「は、はいっ」
尻だけ動かすのも大変なのに、半身を反らすとなると、さらに不自然な体勢にならざるを得ない。 それでも2番は逡巡せず、命じられた通り、尻と横顔を50番に向けてブリブリ、ブリブリと大袈裟に媚びる。 ここまで来て『命令不服従』のレッテルを貼られること、それだけは避けたい一心だ。
「背中反らして。 上から顔を見せてみて」
「はいっ!」
「今度は下。 股の間からこっちを覗く」
「は、はい!」
50番は2番に考える余裕すら与えず、矢継ぎ早に命令する。 どのポーズにしてもミジメで情けない体勢なのだが、こうも連続して命じられては、感情に囚われる余裕すらない。 2番は生来のプライドに邪魔されることなく、ただ命令に従ってブザマに尻を振るだけ。 いわば『ケツ振りマシーン』に堕ちつつあった。
「おケツが一々甘くてよ。 止めるときは止める。 振るときは全力。 振り子のイメージでちゃんとオケツで一文字よ。 それ、いち、にっ、いち、にっ……だからっ、もっとメリハリ! クイックする!」
ゲシッ。 懸命にブリブリと振る2番の尻に、50番が前蹴りを放つ。 前のめりによろめくも、すぐに踏ん張って体勢をなおす。
「申し訳ありませんっ! ご指摘ありがとうございますっ!」
蹴られるたび、2番は大きな声で謝罪した。 肩で息をしながらも腹筋に力を籠め、お腹の底から声をだす。
「まっすぐ左右に振るだけじゃ面白みに欠けるわね……今度は『∞(八の字)』ダンスにしましょう。 なるたけ大きくオケツで輪っかを描きなさい。 おわかりかしら?」
「は、はい……!」
すかさず腰を一段落とし、グイン、グイン、2番は大きく尻をグラインドさせる。 輪の両端では尻と腰を逆方向に捻り、腰を内側によじりながら尻を外側へ向けてみせた。 出来るだけケツ振りダンスを大きく見せようとする、2番なりの懸命な工夫――傍目にはみっともなく尻を振りたてるしか能のない痴呆牝。 50番はそんな2番のケツ振りダンスを鑑賞しつつ、
「プッ……。 貴方、こういうのは得意なのね、物分りが悪い癖にねえ。 良い感じに揺すれてるわよぉ。 すっごく緩そうで、余ったお肉がタプタプしてて、みっともなくて最低ね。 アハッ、アハハ……」
手を叩いて喜んでいた。 そのあとも尻で『の』の字を描かせたり、『五輪マーク』を描かせたり、一頻り尻で円運動させて、ようやく次の『ケツ振りダンス』に移る。 『左右』の次は『上下』の番だ。