No.2-2
「彼らが子供の頃から生活の中で自然に吸い込んで貯めた”時代の空気”。それがああいう会社の力の源。もっとシンプルに言うと、カネのタネ。だから入社したら高待遇を受けられるし、斬新な職場環境を与えられる。テレビが取材に来るぐらいの、ね。でも。」
ミラが目で話の先を促した。
「貯め込んだ”時代の空気”を全て吐き出してしまったら?しぼんだ風船と同じ。もう飛ぶことは出来ない。」
「用なし、ってこと?」
「そう。ごく一部の管理職とリーダークラス以外は、新しい”時代の空気”を持った後輩たちに追い出される。いま浮かれている勝ち組気取りの連中によって追い出された先輩たちと同じ道を、数年後には彼らが辿ることになる。」
「…シビアね。」
「経営者たちはそのことをもちろん知っている。知った上で平気で彼らを使い捨てにしてるの。」
私は唇の端だけを上げる微笑みを浮かべ、鼻からため息をついた。
「私はたまたまこの美貌のおかげで受付嬢として残ることが出来たけどね。いや、残ってしまったと言うべきか。」
「クリエイティブな職に就いてたものね、最初の頃は。」
私は少し俯いた。
「…余計な話しちゃったわね。まあ、そういうわけだから、どうでもいいの、あんなクソ会社。」
「そうなんだ…。で、クソ会社を辞めた後はどうするの?AV?Vシネマとか?」
「女優、よ。」
「は?あんな痴態を晒しておいて?」
「だから演技なんだってば。」
「ムリだと思うけどなー。あなたが期待されながら結局役者になれなかったの、忘れたの?」
「いや、だから今回、あなたの策を利用して…」
「売り込むって言うの?」
「そうよ。」
ミラは、ハッ、と息を吐き捨てた。
「あなたはね。」
私の肩を掴んでまっすぐに見つめてきた。
「あなたは、人物ではなく人格を演じるのだという事を忘れている。完璧な人格など存在し得ないのだから、完璧な演技はあり得ない。」
「なに言ってるのよミラ、私は完璧に…」
「私の脚本に乗っかって踊ってただけじゃない。もっと揺れ動くものよ、人の心は、魂は。」
「そんなもの、演技の邪魔だわ。与えられた役に没入しなきゃ。」
「私の存在を察知し意識した時点で、それはもうあなたの言う没入から浮いている。不純物に犯されながら、人格の揺れを否定している。そんなんだからあなたは舞台で成功しなかった。」
「認められていたわ!誰よりも。そう、あなたよりもよ、ミラ!」
「演技”みたいなもの”を器用にこなす能力は、ね。あと見た目?でも、どこからもオファー来なかったでしょ?その程度なの、あなたは。」
「く…。」
ミラがベンチから立ち上がり、振り返らずに私に言った。
「ねえ、こういうのはどうかしら。自分が実は露出狂だと知ってしまった女は自己愛を叩き潰されて絶望し、ビルの屋上から身を投げるの。」
彼女はバっと振り返り、ビルの柵を指さした。
「私の最後の脚本よ。乗ってくれるわよね。」
私はガクリ、と壊れた人形の様に立ち上がり、ベンチに登った。
「行くの?行くのね。」
柵に手を掛け、乗り越えた。
「私はやめた方がいいと思うけどなあ。痛いよ。」
ビルの淵に立った。何一つ身に着けていない全裸を晒したまま。
「イってらっしゃ…
ミラの声を最後まで聞くことは出来なかった。