第30話 『ペナルティ授業、社会と家庭科』-2
「ぷふっ……そ、そうそう、そんな感じだよ〜。 もうちょっと腰を落として、おまんこの奥までみせちゃおう」
「こ、こんな格好の像あったっけ? あたし、全然マイナーなポーズなんてヤなんだけどなぁ……」
「大丈夫だって。 結構有名なヤツだからさ」
「うう……変な恰好だよぅ」
指示する1組生徒がモチーフに選んだものは、旧世紀日本古代の『土偶』だった。 確かに豊満な30番は、乳房の大きさといい足の太さといい、土偶と似ていなくもない。 大古の女性を象った生殖の象徴、土偶――写実系の像を想像している2組生徒とは相容れないかもしれないが、立派な歴史的文化財ではある。
土偶組の隣では、
「とにかくっ。 足も縮めて、手も縮めて、身体にピッタリくっつけてっ」
「これ以上無理……っ」
「無理じゃない!」
「だ、だって……ううっ、うぐぅ〜」
2組生徒が机の上でしゃがみ、膝と膝の隙間に腕を挟み、さらに肩をいからせて首をめり込ませている。 それでも足りないと叱咤され、締める脇に力を籠め、広背筋を生かして背中を縮める。 面長な顔だけは斜め上を向いていて、ポッカリと広げた口と併せて解放的な印象だ。
「ほらぁ、頑張ればまだいけるじゃん」
「こ、これでホントに限界……」
「ダメ。 まだおっぱいがはみ出てるから。 膝の隙間におっぱいつっこんだら、もう一回り小さくできるよ。 とにかくさ、顔を体より大きく見せたいわけ。 限界とかどうでもいいから、最低でもおっぱいとオケツはどうにかしよう。 まだまだいくよぉ」
「うっそぉ……こ、こんなのめちゃくちゃだよ……? ぐす……」
1組生徒が、縮こまった2組生徒からはみ出た脂肪を詰めるべく、関節と関節の隙間に肉を挟んでゆく。 膝を折って手足を収納した下半身が、まるで顔をのせる土台に見えた。 モチーフは極東の小島にひっそり佇む顔の巨像、モアイ。 骨ばった輪郭をもつ2組生徒には、確かに似合っているといえなくもない。
教壇のすぐ前では、29番がポージングに悪戦苦闘していた。
「うぐっ……くぅぅ……」
「腰つきは合格。 でも顔がイマイチだな。 ホンモノは無表情っぽいくせに、よく見たら笑ってるレベルではにかんでるの。 しんどくても我慢しなさい」
「か、簡単に言わないでよ。 腕がない、っていうだけでメチャクチャ大変なんだよ」
29番は両腕を捩じりながら関節と垂直に折り畳み、肩口から背中に回している。 正面から29番をみれば、肘から先が視界から隠れ、あたかも腕がとれたようだ。
「さっきから文句ばっかり。 なんなら『首』から先がもげた像もあるんだけど」
「く、くび!?」
「あたしはどっちでも構わないよ。 モチーフ変えちゃおうか。 どっちがいい?」
「……こ、こっちが良いです」
「ムリしないでいいんだよ。 あたしだってブツブツ不平かまされるよりは、気持ちよくポーズをとって欲しいから」
「こ、このポーズにさせてください! お願いします、このポーズがしたいですっ」
「なら素直にいうこと聞きなさい。 顔は斜め下を向く。 辛い顔は絶対しない。 腰をひねったままで、乳首はもっと小さくして……もしかして勃起しちゃってんの? いちいち感じてるんじゃないよ、みっともない」
「うぅぅ……」
「乳首は小さくっつってんでしょ。 聞こえてるなら、返事!」
「は、はいっ! 乳首小さくしますっ!」
29番がどんな像を目指しているか、8号は一目で理解した。 おそらくは『ミロのビーナス』だ。 先般の戦火で焼失した彫刻で、体のバランスを最も美しく見せる比率が組まれている、と聞いたことがある。 29番のスタイルは抜群だ。 そういう点を見込してビーナスを演じさせているとすれば、さすが1組生だと思う。
ああでもない、こうでもないとポーズに注文をつける1組生と、固さと青さが残る裸体を懸命にひねる2組生。 大した負担じゃない行為でも、命令する側とされる側に分かれたとき、明確な上下関係が発生する。 自分が応援した生徒たちが好き勝手に扱われる授業風景――8号が想像した以上に、不快かつ神経に障る要素が散らばっていた。