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「そば屋でカレーはアリですか?」
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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09.収束-3

 嶺士と亜弓の二人は連れだって家を出た。歩いて五分ほどしかかからない所に、すずかけ三丁目の中でも古くからの小売店や老舗が連なる青葉通りアーケードがある。その南寄りの一画にそば屋『蕎麦十』がある。
 創業55年という伝統あるその店の二代目店主明智信介は嶺士の二つ上。高校時代の先輩だった。
 使い込まれた飴色のテーブルをはさんで亜弓と嶺士は向き合った。嶺士はメニューを広げて亜弓の前に置いた。
「何にする?」
 亜弓はいたずらっぽく笑って言った。「カレーにしようかな」
「おまえな」
 嶺士は眉間に皺を寄せて妻を睨んだ。
「冗談よ」亜弓はあはは、と笑った。「そもそもカレーは扱ってないみたいだよ」
「そうなのか?」
 嶺士はメニューを自分の方に向け直して目を落とした。
「ほんとだ。前に来た時にはあったと思ったんだけど……」
「なに、嶺士が食べたいの? また激辛のカレー」
「そ、そんなわけないだろ」
「あはは、ムキになってる」
 店主の信介が水の入ったグラスを運んできた。
「よう。相変わらずラブラブなオーラ出してやがるな、おまえら」
「お陰さまで」嶺士が笑って応えた。「そう言えば大将、ここ、前はカレー出してませんでしたっけか?」
 信介は肩をすくめた。
「やめた。俺が店主になってからな」
「どうして?」
「親父が十年ぐらい前に客層を増やすつもりでメニューに加えたんだが、俺は納得してなかったんだよな、実は」
「そば屋としてのプライドですか?」亜弓が訊いた。
「それが一番大きいね。でもな、カレーっつうのは香りが強いだろ? テーブルでも厨房でもそばの香りを邪魔しちまうんだ。そばを食べに来た客がその匂いに釣られて浮気しちまうのが俺には耐えられなかった」
「なるほど、わかるわかる」
 嶺士と亜弓は同じように大きく頷いた。
「オーバーアクションで納得してくれてありがとうよ」
 信介は笑った。
「で、何にする?」
「あたし盛りそばにする」
「俺はかけそばに肉をトッピング」
「わかった、待ってな」
 信介はテーブルを離れた。
「肉食嶺士」
 亜弓はおしぼりで手を拭きながら、小さな声で言った。
「おまえもだろ?」
 嶺士はにやりと笑って言った。
「なになに、『そばには生活習慣病の予防に有効なルチンが豊富に含まれています。ルチンには、毛細血管を丈夫にし、動脈硬化の予防や血圧を下げる効果があります。またそばにはビタミンB1も豊富に含まれています。
ビタミンB1には疲労回復や精神を安定させる効能があります。なお、ルチンは水溶性のビタミンなので、栄養を無駄なく摂るには茹で汁であるそば湯を飲むのがおすすめです』だとよ」
 嶺士はメニューの隅に書かれたコラム記事を読み上げた。
「ビタミンB1ってお肌にもいいんだよね」
「へえ」
「嶺士とのエッチは身体にいいんだね」
 亜弓が言った。
「な、何言ってんだ」
 嶺士はメニューから目を離し、赤くなって亜弓を上目遣いで見た。
「昨夜もとっても素敵だった」
 嶺士は赤くなったまま亜弓に訊いた。「もう胃のムカムカはとれたのか?」
「うん。もうすっかり。和代先輩に診てもらったら、あれは薬の副作用で生理前のホルモンバランスが乱れたせいだったみたい」
「そうか。良かった」
 嶺士は穏やかに微笑んだ。

「へい、おまちどう」信介が盛りそばのトレイと肉の載ったかけそばのトレイを両手に持ってやってきた。
「そば湯、嶺士の分までたっぷり入れといてやったからな、亜弓ちゃん」
 信介はウィンクをしてから厨房に戻った。
 嶺士はテーブルに置いてあった七味唐辛子を肉の上に振りかけた。
「またそんなにかけて……。肉が真っ赤じゃない」亜弓は呆れて眉を寄せた。
 嶺士は肩をすくめ、亜弓に目を向け、にやにやしながら言った。
「刺激的なのが好きなんだよ、そばも」
 そして二人は笑いながら割り箸を割った。

2017/12/03


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