08.氷解-2
「わ、悪かったよ」嶺士がぼそりと言った。
うふふと笑ってユカリが言った。「でも何度か経験するうちに、感じるようになっていったでしょ?」
「そうなる前に自然消滅しちゃいました」
「で、その次は?」
「この人です」亜弓は隣の嶺士の膝をぱんぱんと叩いた。「実は高校時代からずっとこの鶴田嶺士先輩のことが好きだったんですけど、高嶺の花、っていうか、あの頃からこの人人気者だったので、諦めかけてたんです」
「で、短大時代は違う男に走ったと」
「まあ、そんなところですかね。でもあたしがその人に本気になってないことがわかっちゃったんでしょうね、いつの間にかあっちからあたしを誘ってくれなくなりましたから」
「その人とつき合ってる時も、ずっと嶺士のことを想ってたわけ?」ユカリが訊いた。
「はい、心のどこかで」
亜弓はにっこり笑って嶺士を見た。
「亜弓ー」
嶺士は泣きそうな顔で亜弓を見つめた。
亜弓はグラスのストローを咥えて、アイスココアを一口飲んだ。
「そういう嶺士君はどうなの?」マユミが嶺士に顔を向け直した。「ユカリと別れてからつき合った人がいるの?」
「俺?」嶺士は自分の鼻に人差し指を突きつけた。「俺は……」
「大学ってフリーセックスの温床でしょ?」ユカリが楽しそうに言った。「それにあんたその身体と高身長と泳ぎの評判で女が放ってはおかなかったんじゃない?」
「俺がそんなに女たらしにみえるっていうのか? ユカリ」
「見えるわね」
「で、」亜弓が嶺士の顔を覗き込んだ。「どうだったの?」
嶺士は黙り込んで額に汗をかいていた。
「その様子じゃ一人や二人じゃ済まなかったみたいだけど?」ユカリが追い詰めるように言った。
「よ、四年間で五人……」
「な、なんですって?!」マユミが大声を出した。「やっぱり女たらしじゃない」
「すいません」嶺士はうなだれた。
「その話は初耳だな、あたし」
亜弓が低い声で言った。
「あらら……出しちゃいけない話題だったみたいねえ」ユカリが口に手を当てて眉尻を下げた。
「すでに過去のことだからなっ」念を押してから嶺士は観念したように言った。「五人っていうのはつき合った数。長くて10か月、短くて半月」
「ちょっと待て」ユカリが右手を挙げて嶺士の言葉を遮った。「何、その『つき合った数』って」
「抱いた女の人は他にもいた、ってこと? 嶺士」
嶺士は亜弓の表情が能面のようになっているのを見て息を飲んだ。
「ご、ごめん」嶺士は右手で額の汗を拭った。「合コンの勢いでやっちまったり、あっちから誘いかけてきてほいほいそれに乗ったりして、結局、えーっと……」
嶺士は指を折り始めた。
「13人か14人ぐらいだったかな……」
「信じられない!」マユミが大声を出した。嶺士はびくんと肩を震わせた。
「ヤリまくりの大学生……」ユカリが静かに言ってコーヒーを飲んだ。
「すいませんすいません」嶺士はまた言ってテーブルに頭を擦りつけた。
「知らなかった……嶺士がそんな遊び人だったなんて……」
亜弓が悲しそうに言った。
「でっ、でも、結婚してからは一度もないんだぞ」
「そんなこと当たり前でしょ」ユカリが大声で言った後、勝ち誇ったように顎を上げて目を細め、続けた。「じゃあ昨日のあたしが唯一の例外ってわけね」
「大学ん時はその子たちはどっちかって言うと身体目当てだった」
「最低」
「そ、そんなもんだろ? 男ってのは」
「ま、そうでなきゃ、そんなにとっかえひっかえ女は抱けないか」
「そのこと知ってたら、幻滅してこの人に告白したりしなかったんじゃない? 亜弓ちゃん」マユミが気の毒そうに言った。
亜弓は嶺士の顔を見た。「あたしもそんな女の一人だったの?」
はあ、と大きくため息をついて嶺士は言った。