06.陥穽-1
六《陥穽》
「予想通り……」ユカリはその建物の前で艶めかしく派手にぎらぎらと点滅している看板を見上げた。「ほんとに男って単純なんだから」
鼻息を荒くした嶺士はユカリの手を引いて、決心したようにロビーのドアを開け、その建物の中に足を踏み入れた。
艶めかしい琥珀色の灯りに浮き上がったベッドにユカリはローブ姿で腰かけていた。
「嶺士もシャワー浴びて来てよ。汗臭いのはいやよ」
「わかってるよ。逃げるなよ」
嶺士はユカリの目の前でその顔を睨み付けながらズボンのベルトを抜いた。
「念入りに洗ってね。あたし潔癖症だから」
ユカリは手をひらひらさせて嶺士を追い払った。嶺士はふらつく足でバスルームに入って行った。
「さてと、」ユカリはバッグからスマホを取りだし、クリムゾン系の少し紫がかった赤いマニキュアを塗った指でタップした。そして脚を組み直して耳に当てた。
「亜弓、聞いたよ、嶺士から」
「(あの人、まだ怒ってましたか? ユカリ先輩)」
「怒ってるというか、落ち込んで自棄になってるよ。昔から打たれ弱い男だからね、あいつ」
「(今、どこに? 嶺士は?)」
「聞いて驚かないでね。ここはラブホ。すでに部屋の中。嶺士は今シャワー中」
「(えっ?!)」
「やっぱりまずかった?」
「(い、いいんですか? 先輩)」
「覚悟はしてたわ。大丈夫、あたしそんなヤワな女じゃないから」
「(嶺士が連れ込んだんですか? そこに、ユカリ先輩を)」
「うん。目、ぎらぎらさせてね。ある意味思惑通り」
「(そうですか……)」
「やっぱりあんたは嫌? 他の女に嶺士が寝取られること」
「(……正直嬉しくはないです。でも同じ事をあたしもしてしまったわけだし。嶺士がそのつもりならあたしは拒否できません。それにユカリ先輩だから安心です)」
ああ、と嘆かわしいという風なため息をついてユカリは続けた。
「成り行き上しかたないか。でも、あいつ、こうでもしてガス抜きをしてやんないと、ますますやさぐれる感じよ。さっきまで一緒に飲んでたけどさ」
「(そうだったんですね……)」
「まあ、十中八九あたしは今から嶺士に抱かれるだろうけど、そのことであいつに思い知らせたいこともあるのよ」
「(思い知らせたいこと?)」
「そう。あんたのことが大好きなのに、その気持ちも自分で認めようとしないままうまく立ち回れないでいるあいつに身を以て教えてやるのよ。大丈夫、うまくやるわ。すぐにあんたにも報告してあげるから」
「(ありがとうございます、ユカリ先輩)」
「だから、ごめん、今夜一晩だけは目をつぶって」
「(却ってその方が、あたしも嶺士も気が済むと思います。ユカリ先輩が昼間言ってた通り。そうなればあたしが智志君に抱かれたこととフィフティフィフティ、お互い様になるわけだし)」
「ま、そうだわね」
「(でも、先輩は嶺士としてもいいって思ってるんですか?)」
「それは意外と平気。愛はないけど元彼だし。身体も気持ち良くしてもらえるしね」
「(相変わらずドライですね)」
ユカリは笑った。
「あんたも、実のところ智志とあんなことして、正直気持ち良かったんじゃないの?」
「(そこが一番気になるところかな。取り合えずレイプでもされない限り、合意の上でのsexだったら、女だって肉体的には気持ちいいって思えるわけでしょ? でも、男の人はそれがわからない)」
「どういうこと?」
「(男はエッチしたいって思ったらフーゾクとかに行って解消するでしょ? 女だってそういうことをしたい時があるんだ、ってこと、世の中の男は解ってない)」
「確かにね。身体の火照りを鎮めてくれる人が夫や恋人じゃないこともあっていい、ってことでしょ?」
「(はい、止むに止まれずっていう場合だったら。当然割り切りで)」
「厄介なのは、sexは愛がなければやっちゃいけない、ってのがマジョリティだってことだよね」
「(もちろん愛情があってsexするのが理想というか大原則なんでしょうけど……)」
「で、その晩あんた智志に愛情があったの?」
「(ありません。でも、使命感はありました)」
「使命感? なにそれ」
「(話すと長くなるので、明日にでも直接)」
「そうね。こっちもそろそろ嶺士がぴかぴかになって出て来る頃だから、切るわよ」
「(はい、よろしくお願いします)」