04.亀裂-3
「ごめんなさい……」
「謝って済むことだって思ってるのか?」
「今は謝ることしかできないじゃない……」
俺はむっとしたように口をつぐんだ。
「嶺士、聞いて。あなたにとっては言い訳にしか聞こえないかもしれないけど……」
俺は何も答えず頭の下で両腕を組み、じっと天井を睨み付けていた。
「あたしが智志君を誘ったのは事実。だから彼はそれに応えてくれただけ」
俺は低い声でぶっきらぼうに言った。
「俺、敗北したんだな。智志に。おまえを巡るオス同士の戦いに敗れたってことなんだな」
亜弓は慌てて大声で言った。
「何言ってるの? そんなことじゃないよ」
俺も負けずに大声を出した。
「そうだろ? おまえは交尾の相手として俺じゃなくて智志を選んだんだからな!」
亜弓はすがるような目を俺に向けた。
「あたし、あの時智志君が好きになってたわけじゃない。単に、何て言うか……この身体が、我慢できなくなっちゃってて……。昨夜は身体がsexしたくてたまらない状態だったの」
「我慢できなかった?」
「あなたも知ってるでしょ? むやみに身体が疼いて、ベッドであたしから求めたこと、今まであったじゃない、何度も」
「確かにあったな。昨夜のおまえは丁度そんな状態だったっていうのか」
「うん。それに……」亜弓は一度言葉を切って、震える小さな声で続けた「正直冒険したい、っていう気持ちになってたのも確か。危険な冒険」
「俺とは違う身体を味わいたかった、ってことだろ?」
「……そう、ね。そういう感じだったのかな……」
俺は、ここ数日ベッドで亜弓に誘われても抱いてやらなかったことを後悔していた。だが、そんなことは理由にならないと自分自身に言い聞かせた。ごくりと唾を飲み込んだ俺は、少しかすれた声で言った。
「昨日のsexでおまえの気持ちはヤツに持って行かれて、これからも智志と会って抱いて欲しい、って思ったんだろ?」俺はさらに大声で続けた。「俺とやる時より派手に感じてたみたいだしな!」
亜弓は小さな声で言った。
「それはない」
「どうだか」俺は吐き捨てるように言った。
俺は身体を起こし、亜弓を見下ろしながら言った。
「だったらなんであいつにゴムを使わせなかったんだ?」
亜弓ははっとして、しばらく困ったように唇を噛んでいた
「俺はまだおまえの中に出したことはなかったよな? 毎回めんどくさいのを我慢してゴムをつけてたよ。なのにどうしてヤツには許したんだ?」
亜弓は黙っていた。
「要するに俺はおまえを巡る智志とのオス同士の争いに闘うまでもなく敗れたってわけだ。その闘争に勝利した智志が俺より優位になって、それでメスのおまえはあいつに種付けをしてもらった。そういうことなんだな?」
亜弓は弱々しい声で言った。「そ、そんなことまで考えてないよ、あたし」
「精子をメスの中に放出するのは闘争に勝利した優秀なオスだけに与えられた権利だからな。そもそもそれで妊娠したらどうしよう、なんてこれっぽっちも思ってなかったんだろ?」
亜弓は躊躇いがちに小さくうなずいた。
「まあ、そうだろうな。あれは妊娠目的のオスとメスの交尾だったってことだからな」
一息ついて亜弓は言った。
「妊娠はしないから大丈夫。あたし、当然あなたとの子供以外は作るつもりはない。」
「矛盾したことを言うな! 何を今さら……」
「あたし、嶺士が智志君より優位なオスだって思ってるし、それに何よりあたしを愛してくれてる夫でしょ? その二つの条件を満たすのは、あたしにとってはあなただけ……」
俺はもう亜弓が何を言っても薄っぺらい言い訳にしか聞こえなくなっていた。
「許して、なんて言える義理じゃないけど……」
亜弓はついに泣き出した。
「あなたに責められて、愛想尽かされて捨てられていてもおかしくないようなことをしたあたしだけど、それでも抱いてほしい、一緒にいてほしい……嶺士に」
俺は抑揚のない声で言った。
「しばらくは無理だな……いや、ずっと無理かも」
俺はそう言い残すと泣きじゃくる亜弓をベッドに残して部屋を出た。俺は正直亜弓のことは誰よりも好きだったし、夫婦でいられることはとても幸福なことだと考えていた。だがその時の俺の気持ちは彼女と距離を置きたい方に揺れ動いていた。他のオスの匂いのする亜弓のそばにいるのが生理的に耐えられなかった。たとえそのオスが俺の親友であろうとも。