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「そば屋でカレーはアリですか?」
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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04.亀裂-4

 俺はその夜から一階のリビングのソファで眠ることにした。

 二日後に日本を出ると言っていた智志が本当に出国するかどうかを空港まで確かめに行きたかったが、ヤツが使う便名も出発時刻も訊いていなかったので確かめようがなかった。そもそも地元の空港には国際線はない。羽田や成田の空港まで行くような時間がとれるわけがない。
 俺はそれでもいたたまれない気持ちを抑えきれず、ヤツが働いていた会社に問い合わせることにした。
 智志が勤めていた自動車メーカーの営業所に電話をした。人事に関することは本社に訊け、と言われ、東京にあるという本社の人事部まで三回も電話を回され、ようやく担当者と話すことができた。宮本智志という社員について知りたい、と俺が言うと、あなた様は誰で、宮本とはどういう関係ですか? とゆっくりした口調で尋ねられた。その慇懃無礼な物言いにむかつきながらも、俺は名前と住所を教え、宮本とは友人で、今後連絡をとることもあるかもしれないから、と答えた。明らかにめんどくさそうに相手は答えた。詳しいことはお伝えできませんが、宮本が来週からボストンの工場に勤務することは間違いありません、と。

 亜弓を寝取った智志が、とりあえず俺の目の前から消えたことは確認できたが、亜弓への腹立たしい気持ちは収まるはずがない。俺の胸の中ではあの晩からずっとぐつぐつと熱くどろどろした溶岩のようなものが煮えたぎっていた。そして俺はその時になって初めて、智志と朝に顔を合わせた時、完膚なきまでたたきのめさなかったことを後悔した。ヤツの顔が原型を留めないほど殴って殴って、足腰立たなくしてやればよかった、と今さらながらに思ったのだった。

 それから俺は亜弓とは一切口をきかないことに決めた。最初の数日は亜弓の方からなにやら俺に話しかけてきたりもしていたが、三日目ぐらいからは諦めたようで、彼女も貝のように口を閉ざして生活を始めた。
 当然すこぶる居心地が悪かった。気まずさや申し訳なさが俺の心にじわじわと広がっていく。だが、そもそも俺には何の非もない。亜弓があんなことをしたせいだ。俺が無視に徹し、口を訊かなくなったことで亜弓の表情はしだいに暗くなっていった。それでも食事の仕度や洗濯、掃除はそれまでどおりのルーチンワークとして気丈にこなしていた。
 そういう後ろめたさが続くのも腹が立つので、俺は自分に関する家事をやってやろうと思った。だが、自分で自分の汚れ物を洗濯しようとしても洗剤の使い方や柔軟剤の所在などこまごましたことが解らず、キッチンに立っても、一体どこに何があるのかさっぱりわからず途方に暮れるばかり。唯一解ることは、隅にうずくまるようにして置いてあるワイナリーボックスの中にはもう一本もワインが残っていないということだけだ。そのことでますますむしゃくしゃして、俺はいっそしばらく家出をしようかとも考えた。とにかく許し難い不貞を働いた亜弓から距離を置きたいとむやみに考えていた。
 だが、先を越された。
 あの出来事から8日目の朝、俺がリビングのソファで目を覚ますと、亜弓の気配がなかった。いつもならリビングにまで漂ってくるベーコンを焼く匂いがしていない。キッチンにも、二階の寝室にも彼女はいなかった。
 亜弓の書いたメモが玄関ドアの内側に貼られているのに気づいたのは、俺が仕事に出かけようと靴を履いて立ち上がった時だった。
 そのメモには、黒いインクのペンでたった一行だけこう書いてあった。
「ごめんなさい。しばらく頭を冷やします」
 感情のない言葉だと俺は思った。定規を当てたように水平に、見慣れた流れるような筆跡でそれは記されていた。俺にはその言葉の裏にある亜弓の気持ちなど推し量ることは不可能だった。


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