第28話 『ペナルティ授業、数学と美術』-1
第28話 『ペナルティ授業、数学と美術』
職員室にて。 12号はモニター越しに生徒の様子を眺めている。 彼女が担任する1組は、今日は月曜日。 時間割変更により、1限に1・2組合同『数学』があり、3限に1・3組合同『美術』が組まれている。
月曜1限、数学。 HR教室。 1・3組合同で授業があり、ただでさえ広くない教室が通常の2倍生徒を詰め込み、人いきれでムッとするようだ。 1組生徒は通常の椅子に座り、3組生徒は床に直接正座している。
「先週まで学習した極座標の続きを学ぶ予定でしたが、せっかく人数が揃っています。 今日は『牝時計』を練習しましょう。 旧世紀の時計は、現代の原子時計がデジタル表記する一方、ねじまき式だったり、落下式だったり、ともかくアナログ表示でした。 古来の伝統に敬意を表して貴方たちがアナログを学ぶことは、決して無意味ではありません」
モニターで眺めていた12号は、数学担当の言い回しに感心する。 『無意味ではない』――決して『意味がある』と言わない所がポイントだ。 何か意味があるか、と聞かれれば『特に意味はない』と答えたくなる。
「手始めは『文字盤式』です。 右手を『時針』、左手を『分針』にしましょう。 右手は拳を握って、人差し指と中指の間から親指を出して……そうそう、その『おまんこ握り』ですよ。 左手はピンと伸ばします。 左手が右手より長く見えるようにね。 一度貴方たち全員で『12時30分』をつくってみましょう」
「「はいっ」」
1・3組生徒たちが、一斉に右手で卑猥な拳をつくり、真上に揚げる。 左手は指先まで真っ直ぐ伸ばし、真下に下ろす。 その上で、大部分の生徒は右手の時針を僅かに左へ傾けた。
「50番さん、72番さん、77番さん、86番さん、94番さん。 5名、そのまま手を動かさずに立ちなさい」
呼ばれた生徒が椅子、或は床から立った。 揃って緊張で唇を噛んでいる。
「なんですか、貴方たち。 時針は『12時30分』でしょう。 真上のままなら『12時』ですよ。 傾き過ぎれば『1時』になります。 相手にきちんと時を伝えるつもりなら、100%分針に沿って傾かせるのは無理にしても、せめて誤差1度内に収めなくては『牝時計』として成立しません。 反省しなさい」
立たされた生徒の右手は、確かに『12時30分』よりも一見してズレていた。
「「はいっ!」」
5人が揃って返事をし、
パァン、パァン、パァン、スパァンッ。
4発、自分で自分の頬を力いっぱい張る。 5人の頬にほの赤い紅葉が色づいた。 モニターしている12号なら、1人にターゲットを絞って20発はセルフビンタさせるだろう。 そういう意味で、下手くそな生徒全員を平等に扱うスタイルは、12号からすれば甘く感じられるが、そこは教員の裁量だ。
「次は右脚です。 脚で日付を示すんですよ。 左脚は、バランスのため真っ直ぐ保ちます。 多少屈めても構いません。 『月』は右脚です。 表記を3分で覚えましょう。 いきますよ」
カチリ。 教壇のコンソールを操作し、ホワイトボードに映像が浮かぶ。
『1月・・・右脚を浮かせ、くの字に曲げる』
『2月・・・右脚の爪先を浮かせ、股を出来るだけ大きく拡げ、踵を床につける』
『3月・・・右脚を浮かせ、巾の字をつくる』
『4月・・・右脚の爪先を浮かせ、股を肩幅に拡げ、踵を床につける』
1月から12月まで、それぞれに『肢の形』が定められていて、説明文の横にはご丁寧にイラストまでついている。 偶数月の姿勢は何とかなりそうだが、奇数月の姿勢はといえば、どれも長時間維持するだけで筋肉痛が必至なものばかりだった。
生徒たちは目を凝らしてイラストを注視していた。 単純な図を完璧に記憶することは難しい。 この後すぐに自分たちが再現させられると分かっていても、2月と4月がどう違うかなど、細かな部分がごちゃ混ぜになる。 少しでも記憶にとどめるべく集中するが、きっかり3分経ったところで12号はスライドを消した。
「『日』は右脚の指です。 指で『2進法』をつかい、表します。 親指だけ伸びていたら、『1日』、人差し指だけなら『2日』、親指と人差し指の2本を立てたら『3日』という具合にね。 簡単です」
モニター越しに12号は苦笑した。 確かに『2進法』は簡単だ。 けれど、足の指でとなると話は違う。 生徒達は、顔は話を聞くべく正面を向いていたが、注意が足にいっているのが一目瞭然だ。 床に跪いている3組生も、椅子に座った2組生も、足の指をモゾモゾさせている。 足の指を自在に動かす練習は積んでいるが、練習したからといって全員がマスターできるものでもない。 特に薬指が難関で、薬指だけを立てることができる生徒など、クラスに10名もいるだろうか。