第26話 『閉会式』-1
第26話 『閉会式』
体育祭における閉会式なんて、あっさりし過ぎているくらいが丁度いい――。
南原の希望を知ってか知らずか、放送による司会の下、式は淡々と進む。 教頭が閉式の辞を述べる。 体育委員長式で、全校生徒が整理体操をする。 国旗、学園旗、クラス旗。 吹奏楽部の演奏に沿って掲揚台から降ろす。
「結果発表。 優勝――……62点、1組」
わぁっ……!!
教頭が得点を発表した時だけは、厳かな雰囲気から外れた歓声が起こった。
パチパチパチ……。
唇を噛んだ生徒も中にはいたが、2、3組から拍手が起こる。 勝利に価値があるとすれば、それは勝者を称える敗者のお蔭だ。 勝者はグッドウィナーであれ、敗者こそグッドルーザーであれ……過度に儀礼的な側面があるとしても、スポーツマンシップ、南原拓哉は嫌いではない。
お決まりの講評、総括、来賓への謝辞を経て、体育祭は閉幕した。 生徒はグラウンドに残って片付、掃除、HRの指示を待つ。 来賓は自由解散だ。 最後まで観戦した20名ほどの来賓たちは、南原に深々とお辞儀してから、三々五々と散っていった。
さて、南原も変える時間だ。 最初から最後まで観戦したが、特に監査上問題になるような規律の緩み、生徒指導の不徹底は見当たらなかった。 このまま帰ったとして、特に問題はないだろう。
「ご苦労さま。 疲れただろう」
ス……。
椅子から立ち上がり、腰かけていた少女のお尻を優しく撫でる。 けれど、少女は目を閉じて椅子になったまま動こうとしない。 いつ起きあがるつもりなのか、それとも身体が長時間固定されて痺れているのか、南原は黙って様子を伺う。
「ふぅ……重かった……」
南原の気配が消えたことを確認し、ようやく少女は起きあがった。 長時間グラウンドに肌をつけて南原の体重を受けとめたため、無数の小石が肌にめり込でいて痛々しい。 少女の背中には『22』の数字が大きく印字されていた。
ス。
「あぅ……まぶし……」
少女は瞼を開き、眉を顰めた。
「……そりゃ、いきなり西日じゃ眩しいだろうね」
「あっ……!?」
目の前に南原がいることに気づき、少女は両手で口を抑えた。 知らぬとはいえ正面から男性に眉を顰めてしまったことになる。 本来であれば、学園生風情なら優秀な殿方に視線を合わせることすら許されない。
「し、失礼しましたッ、ごめんなさい……っ!」
社会通念上では、牝の分際が男性に口を利く時点で土下座しても飽き足らない。 ところが少女が咄嗟に示したのは、同級生に謝るような、ごくごく普通のお辞儀だった。 学園生徒にしては、あどけないにしても天然過ぎる。 ついさっきまで無表情で椅子に徹し、模範的に務めた少女とは、とても同一人物とは思えない。
「はは……」
南原はつい笑ってしまった。 学園を訪れてからこちら、頬が緩んだのは初めてだ。 『ごめんなさい』という単語、最後に女性から言われたのは告げられたのはいつだろう。 はっきりと記憶しているわけじゃないが、進学してからは『失礼しました』『申し訳ありません』『ご容赦ください』といった大袈裟に謝る女性ばかりだったから、幼年学校の卒業式以来ではなかろうか。
「それでは、僕の方こそ、重たい思いをさせてしまったこと、失礼した。 次に学園にくるときは、もう少し減量してからお邪魔するよ。 では、これで」
上半身を2つに折った少女に会釈し、南原は来賓テントを後にした。 閉会式に入る直前、既に教頭には挨拶を済ませている。 見送りが不要なこと、その他接待はここまでにして欲しいことも告げている。
「本日は御来校ありがとうございました。 お車までご案内させていただきます」
「ん。 宜しく」
閉会式が始まると同時に、生徒会長が教頭に代わって南原の傍らに控えていた。 彼女のエスコートに従って駐車場にゆき、ポツンと1台止まった公用車に乗る。
「本日は、わたし共の恥ずかしいチツマンコ、並びにくっさいケツマンコをご笑覧いただき、わたし共の淫らかつふしだらな部位にご不興をかったことと思います。 さもしい牝の身体を晒す行為を改めてお詫びし――」
「今日は色々ありがとう。 失礼」
過度な礼儀はいつまでたっても終わらないこと、南原は充分に承知していた。 口上を述べる生徒会長を制し、車内備品の膣を操作する。 エンジンをかけ、目的地を入力。 ブルンブルン、ブロロロ……。 その場に額づいて見送る少女を尻眼に、颯爽と学園正門を通り抜けた。