濡れ羽色のお下げ髪-1
二学期が始まった。小中学生や高校生の大半は、無限に続くと思われた夏休みの終わりを未だ受け入れられず、行き場のない思いを抱えたまま登校の列に合流する。
また個人差はあるものの、中には見違えるほどの成長を遂げた者もいたりして、そこで新たな交友関係が生まれる場合もある。
そうやって元通りの毎日に戻りつつある通学路に遥香の姿があった。スニーカーを履いた両足で地面を交互に蹴り、二つに結ったお下げ髪とスカートを揺らしながらうつむき加減に歩く。早朝とは言っても日差しは強く、少し歩いただけでも制服の内側が汗ばんでくる。
つまらない始業式なんてやらなければいいのに、と遥香は憂鬱なため息をついた。冷房の効いていない蒸し風呂みたいな体育館に詰め込まれ、校長先生の有り難い話を延々と聞かされるこっちの身にもなって欲しい。大体、女子はただでさえ貧血を起こし易いのだから、時間を短縮するなりしたらどうなのか。
そんな冴えない面持ちの遥香の横を、たくさんの学生たちが賑やかに追い越していく。その中には女子高校生の姿もあった。
中学生の遥香からしてみれば、高校生の彼女たちはうんと年上のお姉さんで、真似をしたい憧れの存在でもある。丈の短いスカートを穿き、髪の色を明るく染めて、薄く化粧を塗った顔は自信に満ち溢れてきらきら輝いている。
そういう高校生たちのルーズな感覚に共感するなど、以前の遥香ならば考えられないことだった。見苦しいと思うことはあっても、お手本にしたいとはこれっぽっちも思わなかった。いくら外見を着飾ったところで、内面磨きをおろそかにしていては本末転倒だ。
でも今の遥香は違う。好きな男子を振り向かせるためなら、大胆なイメージチェンジだって怖くない。それこそずっと伸ばし続けているお下げ髪をばっさり切ることだって出来る。
そんなふうに遥香が特定の男子の顔を思い浮かべていると、「おはよう」と後ろから声をかけられた。慌てて振り返ると、頭を丸坊主にした活発そうな男の子が追い付いてきた。
誰だっけ、と遥香は彼のことをじろじろ見た。
「ひょっとして、大森くん?」
「そうだけど……」
彼は照れ臭そうに視線を逸らした。と同時に遥香もどぎまぎする。
遥香の良く知るクラスメートの大森俊介は、真っ黒く日焼けした好青年になっていた。しかも遥香は夕べ、彼のことを思いながら自慰行為をしていたばかりなので、どんな会話を交わせばいいのかわからない。