後ろの正面-3
いちいちチャイムが鳴るたびに、遥香は憂鬱なため息をついた。
授業に身が入らないだけでなく、食欲がないので昼食もろくに喉を通らない。それによって月経が遅れるなどの症状も出てくるだろうが、今のところ生理周期の乱れはほとんどない。
それはつまり、妊娠の兆候がないということを意味している。
これについては避妊しているからだと遥香は思っている。若くして遥香を産んだ母親が、お守り代わりに避妊具を持たせてくれたおかげなのだ。
予備のコンドームがなくなると、今度は櫻井が持参するようになった。さすがの彼も、教え子を妊娠させるのはまずいと思い直したのだろう。
そんな関係を続けていくうちに、遥香の心境にもある変化があらわれ始める。
放課後、櫻井に言われた通りに遥香は理科室へ足をはこび、さらに理科準備室のドアに向かった。左手に手提げ鞄を引っ掛けたまま、右手でドアをノックする。
「私です、麻生遥香です……」
小声で名前を告げるとすぐにドアが開き、櫻井が待ちくたびれたような顔をのぞかせた。
「誰にも気付かれていないだろうね?」
「はい」
「ほんとうに?」
「大丈夫だと思います」
遥香は頼りなく答えた。そんなに心配なら学校の外で会えばいいのに、と思ってしまう。
「入りなさい」
櫻井に促されるまま遥香は理科準備室のドアをくぐった。
相変わらず薬品臭い部屋だな、と遥香が陰鬱(いんうつ)な顔をしていると、いきなり背後から抱きすくめられた。くんくん、と櫻井が鼻を鳴らして髪の匂いを嗅いでくる。
「先生、私のことを呼び出すのは今日で最後にしてください」
「そうだなあ、考えておくよ」
櫻井は確約のない返事をして遥香の唇に吸い付いた。
いつもされていることなので、遥香のほうも拒んだりはしない。
ミントのような味がするのは、櫻井が直前までガムを噛んでいたからだろう。その気配りが遥香を余計に苛立たせた。
キスはしだいに濃厚なものへと変わり、お互いの舌を絡ませ合ったり、唾液を舐め合ったりしているうちに、遥香の瞼がとろんと下がってくる。
思春期の女子の唇は、陰核と同じくらい敏感な性感帯だとも言われている。そこを櫻井の口で封じられたまま、夏服の遥香は胸と股間をもてあそばれ、汗ばんだ肌に愛撫の刻印を施されていく。
「セーラー服は汚さないでください。家族にバレると困るので……」
「君に言われてなくてもそのつもりだよ」
そしていつものようにブラジャーとショーツを脱がされる。
下着を買い取りたい、と櫻井に頼まれたこともあったが、遥香は下着だけを渡し、絶対に金銭を受け取らなかった。性行為にしても、遥香が何らかの利益を得ることはまったくない。ただ単に櫻井の欲求が満たされるだけだ。