憂鬱な果実-3
学校からの帰り道、何度か赤信号に捕まりはしたものの、怪しい人に出会うこともなく遥香は無事に家までたどり着いた。窓から漏れる家の明かりが、今日に限ってはやけに温かく感じられた。
「ただいま」
息の弾んだ声が玄関に響く。
おかえりなさい、と母親の声がキッチンのほうから聞こえてきた。そろそろ夕飯の時刻になる。
だが遥香はそちらには向かわず、二階にある自分の部屋に入るとカーテンを閉めて私服に着替えた。汗ばんだ下着が少し不快だったが、シャワーを浴びるのは夕飯の後と決めてある。
そんなことよりも遥香には気がかりなことがあった。クラスメートの真鍋由希子のことだ。おそらくほかの友人たちと下校しただろうが、安否確認だけはしておきたかった。
こういう時に携帯電話があると便利だな、と遥香はつくづく思う。もちろん有害サイトが閲覧できないよう設定されているし、使い過ぎにも注意しているので親も使用を認めてくれている。
その一方で、出会い系サイトで知り合った男性と性交渉をおこない、遊ぶためのお小遣いをもらっている同級生もいると聞く。いわゆる援助交際というやつだが、真面目な性格の遥香にはその女子生徒の神経がまったく理解できない。
もし妊娠してしまったらどうするのか。産むか堕ろすかの選択をどのようにして決めるのか。そもそも自分の体を他人に汚されることに抵抗はないのか。考えれば考えるほど憂鬱な気分になる。
そういう意味では由希子ほど気の合う仲間はいないように思えた。白黒はっきり物を言うし、男子を異性として見ていないような素振りが、まわりのみんなに好印象をあたえている。だから余計に失いたくないと遥香は思うのだった。
携帯電話の無料通信アプリを使い、遥香はさっそくメッセージを送った。
由希子からの反応はすぐにあった。彼女によれば、帰宅してからずっと参考書の山に埋もれていたらしい。
ところが不審者について遥香が訊いてみると、「今日は見ていない」という素っ気ない返事を最後にメッセージは途切れてしまう。無事ならそれでかまわないのだが、いつもと様子が違うというか、避けられているように感じるのだ。
そんな時に、遥香のお腹が情けない音を鳴らす。
なるほど、今頃は由希子の家も夕飯なのかもしれない──そういう結論に至った遥香はとりあえず一階に下りることにした。