花も恥じらう乙女たち-1
愛らしい顔立ちがとても印象的な麻生遥香(あそうはるか)は、公立の中学校に通う三年の女子生徒だ。
小さい頃から運動をするのが大好きで、小学生の時にはマラソン大会で上位入賞を果たすなど、徒競走なら同年代の男子にも負けない自信があった。
その脚力をどんなスポーツに生かすのか、中学に上がった遥香はあれこれと悩んだ。
というのも、思春期を迎えて初潮を経験した途端、自分が女子であるということを過剰に意識したり、容姿の美しさを追求するようになったからだ。
ようするに、華のない陸上部では異性の気持ちを掴めないと思ったのだ。
だったらテニス部なんかどうだろう、今の自分にもっとも相応しいのではないか。
そういう理由で遥香は花形であるテニス部に入り、そこで上下関係の厳しさを学びながらも数々の試合を勝ち抜き、同時に学力の方面でもぐんぐん成績を伸ばしていった。
自宅から学校に向かう通学路には、ソメイヨシノの桜並木がどこまでも続いている。春には満開の花が咲き誇り、夏になれば涼しい木陰にあちらこちらから人が集う。
もちろん秋や冬にしか見せない独特な表情もあるけれど、遥香が好きなのはやっぱり桜の季節だった。可憐な花びらがちらちらと舞う中を、セーラー服姿の女子学生たちが涼しげに通り抜ければ、それだけで一枚の風景画にさえなってしまう。
そういうあたりまえの日常があるのも、家族や地域の人たちの支えの上で成り立っているのだと遥香は思っている。田舎の小さな町だけど、すれ違う人のほとんどが顔見知りというのも心強い。
そうして新しいクラスの雰囲気にもようやく慣れてきた五月のある日、四時限目の終わりを告げるチャイムが鳴った直後、教壇に立つ男性教諭が遥香のことを呼びつけた。
櫻井(さくらい)という社会科のベテラン教師なのだが、彼の下の名前を遥香は未だに知らない。というより、そもそも興味がないのだ。
「櫻井先生、何でしょうか?」
身長差のある遥香は上目遣いでたずねた。
「今日の放課後、ちょっとだけ残れるかな?」
「部活の後で良ければ」
「うん、それでかまわないよ。大した用事があるわけじゃないんだ」
「わかりました」
「じゃあ、よろしく頼んだよ」
白髪の目立つ櫻井は生徒名簿と教科書を脇に抱えると、紳士を気取った歩き方で三年A組の教室を出て行く。