探偵、依頼受付中 【鏡】-2
「寝すぎです!」
「まぁまぁ、睡眠は美容にいいし」
大きく欠伸をしながら望の言葉に答える。
「化粧したまま寝たら肌ぼろぼろになりますよ?」
「なにこんな若々しく美しい命様ならそんなのたいしたことじゃない!」なぜか自信満々になる命。
「もうすぐ三十路なのに……」
「ん?なんか言ったか?」
「いいえ。シャワー浴びてきてください。」
望にそう諭され、命はしぶしぶ風呂場へ向かう。
しばらくして……。
そこには先ほどの人と同一人物とは思えないほどきっちりした格好の命が、デスクに座っていた。
「望君、私がなぜ私のデスクの椅子を飛び切りゴージャスにしているかわかるかね?」
「知りません」
(というか自分が与えた仕事の邪魔はしないで欲しい)
望は先ほどまでの一連のやり取りの間(というか朝から)、ずっと地道な事務仕事をしていたのだ。なので、命のくだらない話なぞ聞きたくもないのだか……。
「ふふふ、それはゴージャスな椅子に座ることで自分の偉大さを再認識するためさ!」
命は望の考えを知ってか知らずか、話を続けるのだった。
(いやな上司だ)
「それにしてもいつもの事ですが、お風呂早いですね。というか、スーツに着替えるのもお化粧するのも」
「探偵たるもの何時いかなる時も、素早く行動が基本だ」
「先生、その台詞は前聞きました」
「まあ、そう言うな。名言だろ?」
望はわずかに光の灯る街を窓越しに眺め、そして大きくため息をつく。今日もこんな上司とのやり取りで一日が終わるか、と思うのだったが……。
突然事務所の扉が開く。二人が入り口へ目を向けると、そこには色あせたコートを着た中年の男性が立っていた。
「朔夜君、頼みがある」
「お前誰だ?」
知った風に話しかけてくる来訪者を軽く一瞥する命。
「先生、ほら、近くの警察署の捜査一課の刑事の……」
「あ〜あの人か。名前は確か…た……伊集院?白鳥?東海林?」
「違うわ!た……まで言っといてなぜそこで伊集院!?」
望も思わず派手にツッコミを入れる。
「そうだ、思い出した!中田さんですね?」
「…朔夜君、わざと言ってるだろ。わしは田中正二だ」
田中正二なる刑事はあきれたように言う。普通探偵物なら、主人公である探偵とつながりのある刑事とは仲がよいものだが…残念ながらこの二人には当てはまらないようだ。
「で、中田…じゃなかった、田中さん、なんの御用ですかぁ?奥さんの浮気調査ぁ?それとも娘さんの素行調査とかぁ?」
完全に国家権力をなめきった態度で命はしゃべっている。
「ちょっと力を貸してくれんか?わしの頭じゃさっぱりわからなくてな」
「田中さん、警察が簡単にしがない探偵にものを頼みに来ないでください。そんなんだから市井の警察への不信感が募っていくんですよ」
望はパソコンをカタカタ鳴らしながら指摘する。もう一度言うが、望は『朝』からずっと事務仕事をしている。
「殺人事件があってな、そのダイイングメッセージが解けんのだ」
(この禿げ無視しやがった)
実際には田中刑事は禿げていないのだが、望はキーボードを叩く指の力をより強くしながら思うのだった。