日常Breaker-1
高校二年生の幾島泰久は、一歳下の彼女、皆川沙耶との下校中、思わず足を止めた。
道路の真ん中に、人が倒れていたからだ。
「…」
普段なら、見捨てようとは思わないだろう。だが、今は見捨てなければいけないと思う。
「沙耶、行こうか」
「えぇ!?倒れてる人を見捨てるんですか?」
「見捨てるんじゃないよ。関わらないだけだよ」
シレッとした顔で踵(きびす)を返す泰久の腕を、沙耶が慌てて掴んだ。
「ひど〜い!先輩は人でなしですよ!」
「沙耶、俺は『事なかれ主義』なだけだ」
泰久は、そう言って倒れてる人を指差した。
「厄介なことになるぞ」
道路に倒れこんでいる男は、何故かウェディングドレスを着ており、ケバケバなメイクをしている。髪の毛は全て剃られて、ツルツルのスキンヘッドになっていた。そして、その腕や足は極太である。筋肉の塊のような男が、女装をして倒れているのだ。
「だからって、何もしないのは不味いですよ」
「あのなぁ、もし、あの男が『押忍!助けてくれたお礼に、自分を捧げるっす!ごっつぁん!』とか言って迫って来たらどうするよ?沙耶が大好きな幾島先輩が、別の意味で『男が惚れる男の道』に入っちゃうぜ」
「そ、そんなことは、ありえませんよ」
「いや、世の中ナニが起こるか分からんぞ。もしかしたら、沙耶の隣の席の女の子が沙耶を狙ってるかもしれないし」
「な!?みぃちゃんは、そんなことしません!」
「ハァハァ、沙耶ちゃん」
「も〜!何ですか、それはぁ!」
「沙耶を狙う狼のマネ」
「そんなことしてないで、先にあの人を助けましょうよ」
「はいはい。まったく、沙耶は怒った顔もかわいいんだから」
などと言いつつ、泰久は、ポケットから携帯電話を取り出した。ピッピッピッとボタンを押して、電話をかける。
「あの、宍(しし)市警察署ですか?」
「ちょゎーー!どこに電話してるんですかぁ?」
「警察だよ」
「な、なんでそんなとこに?犯罪者じゃないですよ」
「ツルッパゲの筋肉の化身が、純白の花嫁衣装を纏って倒れてるんだぞ?事件性ありまくりじゃない」
そこまで泰久が説明した時、地鳴りのような音が、辺りに響いた。
「は、腹…減った…」
スキンヘッドが、そんな声を発した。
ごはんが安くて美味くて早い定食屋の「食事処あるまげ丼」は、財布の軽い学生の味方だ。特に、運動部の生徒たちは、よくこの店を利用する。どうせスキンヘッドは、よく食べるに決まっているから、この店に案内したのだ。
「どうも…ガツガツ…すみません…バクバク…ご馳走していただいて…ズルズル」
案の定、彼は物凄い勢いで丼飯を掻き込み、空の丼を積み上げていく。
白いご飯をおかずに白米をいただくという、この店ならではのインチキメニュー「白い米のヴィヴァーチェ丼」を七杯、普通のカツ丼「と殺した豚肉フライ卵あんかけ丼」を二杯、実はアナゴを使っている自称うな丼「ニョロニョロ捌き・あるまげ風ドラゴン固め丼」を五杯たいらげ、今はコシがありすぎて噛みきれないと評判のうどん「和風タヌキのポンポコ舞い」をすすっていた。
その食いっぷりに、店長はニコニコしながらコメントする。
「こんなに食ってくれるなんて、作った側からしたら、嬉しいもんだ。しかも、和風タヌキを噛みきったのは、お客さんが初めてだよ。ハッハッハ」
「この店は、なんてうどんを客に出すんだ」
泰久が、ボソリと突っ込みを入れる。
「でも、良かったですね。怪我とかなくて」
「えぇ、まったくです。しかも、こんなにご馳走してもらっちゃって」
「気にしないでください。払うのは、先輩ですから」
「はっはっは。言うと思ったよ。今月のバイト代はふっとんだな」
泰久は、サイフの中身を確認し、ため息をついた。