第8話『応援団の体力つくり』-2
「入り口でチロチロやってんじゃねぇ。 メダカかテメーは」
「牝忍ッ! 奥まで失礼します!」
「さっさとかっぽじってみせろ。 こちとら生ものなんだ、モタモタしてると腐っちまうぞ、オラァ」
「め、牝忍ッ! かっぽじらせていただきますっ!」
ちょっとでも顔を股間に近づけようと、身体を揺らして反動をつけたり、背筋に加えて首を真上まで反らせたり。 それでも物理的に舌が届く距離にないのだから、結局は叱責されるだけされて、最後は無防備なオケツをビンタされてカーテンレールから下ろされる。
体力練の〆は『腕立て伏せ』だ。 後輩の背中に先輩が胡坐をかき、2人分の重さに耐えながらの腕立て伏せを強要する。 ここまでは良くある練習だ。 回数は50回と決められている。 とはいえ実際に50回をクリアできる団員は、Cグループ生にはいないのだが……。
紙皿を両手で捧げるように持ち、神妙に第三姿勢をとるCグループの団員たち。
「腕立て伏せ、用意」
「牝忍ッ、失礼します! くっさい糞をひりだす醜態、ご笑覧くださいっ、また牝のはしたない薫りを放つ無礼をお許しくださいっ」
「許可する。 やれ」
團長が顎でしゃくると、Cグループ生は紙皿を股の下にもってゆく。 立ったまま腰を落として尻を割り、
ぶりっ……ポトン。
一息で、Cグループ生全員が、ほぼ同時に一欠けらの茶色い糞便を、紙皿の上に産み落とした。 僅か1欠片ではあるが、もわん、たちまちあたりに異臭が漂う。 Cグループ生たちは湯気がたった糞便を床におき、ちょうど顔の真下に便がくるよう自分の身体をもっていった。
「……はじめぃっ」
「「牝忍ッ!」」
ドスン。 容赦なく胡坐をかく先輩の背にのせ、臭気の中で腕立て伏せが始まる。
「もっとキッチリやらんかぁ。 顎がういてんぞぉ」
「つっ……め、めぇす……っ!」
1回上半身を上下させるだけで、どの団員も息があがる。 それもそのはずで、先輩たちは後輩の肩に重心をもっていき、一番しんどくなるように座っていた。 お尻に近い場所に座る方が、てこの原理により、腕立て伏せをする側としては楽になる。 一方肩口に直接座られると、1人どころか3人を担いで腕立て伏せをさせられるようなものだ。
「腕はしっかり曲げんかい。 曲げたら最後まで伸ばぁす」
「めっ……めっすッ……!」
自分の排泄物が鼻先にくるまで身体を落し、そこから肘がピンとなるまで腕を伸ばす。 ただでさえ厳しい腕立て伏せを先輩を背負って行う訳で、そうそう数はこなせない。
「……うう……ッ!」
ぶちゃっ。
「ふっ……んぁっ!」
べちょり。
20回を超えた辺りからCグループ生は力尽きはじめ、30回にゆくまでに、全員がその場に崩れ落ちた。 崩れる時は、気合が足らない自分の未熟さと正面から向き合うため、受け身は取らない。 真正面から、顔から床に突っ伏すのがしきたりだ。 当然鼻から自分の排泄物にめりこみ、顔中ウンチだらけになるが、未熟な団員には相応しい化粧とされており、体力練の終了まで洗うことは許されない。
ランニングを1セット。 腹筋、背筋、腕立て伏せを3セットずつこなしたところで体力練は終了だ。 飛び散った汗やマン汁、或は便滓はすぐにCグループ生が掃除する。 四つん這いになっての床舐め掃除、互いに顔を近づけての啄(ついば)みあい、部屋に籠った異臭はとれないものの、見た目はすぐに綺麗になった。
「……」
團長以下上級生が後輩を鍛える様子には、原則として口を出さない。 ここまでは上級生と下級生の時間であって、顧問と団員の時間ではない。 体力練の間は、わたしにとって予定作りの時間だ。 応援団には『理不尽さ』が求められるため、定期的に『理不尽』なトレーニングを用意しなくちゃいけない。 團長はじめ、団員には『上からの命令は絶対』と徹底してある。 あとは、見ているわたしが面白くて、なおかつ団員がギリギリ可能か不可能かの境目を狙ったトレーニングであればベストといえる。
「さて……と」
3セット目の腕立て伏せが終わり、顔をウンチだらけにしたCグループ生が部室の掃除に入ったのを見計らい、椅子を立つ。 それに気づいた上級生が、直立してわたしを注視する。 体力練の仕上げとして、今日の『特別練』――すなわちわたしが指示する特殊練習――の時間だ。
放課後は残り1時間。 まだまだ部活は終わらない。