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子供にはお菓子を、大人にはキスを
【幼馴染 恋愛小説】

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子供にはお菓子を、大人にはキスを-7

「晴樹、馬鹿にしてるでしょ」
「なんでだよ、こんなに真剣に聞いてるのに」
「嘘。心の中で笑ってる」
「疑い深いなあ。ところでその王子様、どういうタイミングで迎えに行けばいいわけ? お姫様のピンチを救うとか、指輪が必要とか、何か他にルールある?」
「ルールってなによ、そんなのない」
 だいたい、その言い方がもう馬鹿にしてるじゃない。
 そう言い返そうとしたとき、誰にも聞こえないような声で晴樹が耳元に囁きかけてきた。
「じゃあ、俺でもクルミの王子様になれる?」
「え?」
 一瞬、意味がわからなかった。
 理解できたのと同時に、燃え上がりそうなほど頬が熱くなった。
 なんなの、これってそういうこと?
 だけど、だって。
「晴樹、好きな子いるって、さっき」
「昔から思ってたけど、ほんっとに鈍感だな。誰が好きでもない女のために仕事放り出してまで会いに来るんだ」
「わ、わかんないけど」
 たしかに晴樹は、いつ呼び出しても会いに来てくれた。
 友達と喧嘩したとき、泣きながら電話したら真夜中だったけど飛んできてくれた。
 職場で嫌なことがあったときも、特に何もないけど寂しくなったときも。
 考えてみれば、誰かに頼りたくなったときいつもクルミは晴樹に電話していた。
 話しやすくて、いつだって優しいから。
 晴樹がいないと困る。
 でも晴樹が恋人になるとか、考えただけで気恥ずかしくて目も合わせられなくなってしまう。
 それはそれで困る。
 クルミが何を言えばいいかわからなくてしばらく黙っていると、晴樹は諦めたようにため息をついて言った。
「気にしなくていい。クルミが嫌だって言うなら、友達のままでも」
「い、嫌じゃないよ! でも」
「でも?」
「こ、告白とかされたことないから、そういうのされるなら何かの記念日がいい! 誕生日とか、お正月とか」
「うわ、後付けで勝手なルール作るとかナシだろ。つーか、お正月って何だよ」
 たぶん、晴樹にはバレている。
 クルミだって、本当はずっとずっと前から晴樹のことを好きだった。
 ただ、これまでの関係を壊すのが怖くて踏み込めなかっただけだってこと。
 その証拠に、晴樹の声は笑っている。
「とにかく、わたしにとっては誰かと付き合うってすごく大変なことなの! だから、こんなテキトーな場所で勢いで言われるのって、なんだか」
「ああ、そういうことか。まあでも、今日だってハロウインなんだから記念日みたいなモンだろ」
「こんなの記念日のうちに入らないよ。仮装してバカ騒ぎするだけの日なんて」
「いや、もともとはハロウインって秋の収穫祭か何かだったらしいけどな。ちょうどいいと思わないか?」
「わっ、長い友情が実を結んだ恋だからとか、そういうクサいこと言っちゃうつもり?」
「俺はまだ何も言ってないぞ。あはは、なにも泣くことないだろ」
 嬉しいのと恥ずかしいのといろんな感情がごちゃ混ぜになって、いつのまにかクルミはぽろぽろ泣いていた。
 晴樹がクルミの泣き顔を隠そうとするように、さりげなく頭を抱き寄せてぽんぽんと撫でてくれる。
 その手が見た目よりずっと大きく温かく感じられて、余計に涙が止まらなくなってしまう。
「こら、泣き虫。化粧がハゲるぞ」
「いいもん、どうせブスだから」
「あはは、俺はわざわざブスのお姫様を選ぶ王子になるのか。それで、王子様はお姫様のどこにキスすればいいんだっけ?」
 今度は完全にからかっている声だった。
 ああ、憎たらしい。腹が立つ。
「く、くちびる……でも、でも、絶対嫌だからね! こんなところじゃ嫌!」
「わかった、わかったから大声出すなよ。じゃあ、どこだったらいい?」
「わかんないけど、他の場所。誰もいないところ」
「そんな場所、このあたりにないだろ。特に今日はいつもより人通りが多いし」
「どうしてもしたい?」
「したい。ずっと我慢してたんだ、キスするまで今日は帰さないからな」
 冗談には思えない口調だった。
 晴樹らしい率直な言い方に、心がとろりと甘く溶けていく。
「キスするまで?」
「そう、絶対帰さない」
「だったら、わたし今日が終わるまでキスできない」
 クルミは顔を上げ、真っすぐに晴樹の目を見てそう言った。
 みるみるうちに晴樹の頬が赤く染まっていく。
 今夜はきっと、キスだけでは終われない。
 スーツ姿の王子様を見つめながら、クルミは心の中でオバケカボチャの置物がきらびやかな馬車に変わっていくのを感じていた。

(おわり)


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