子供にはお菓子を、大人にはキスを-3
痛い。
ムッとしながら顔を上げると、すぐ横に本郷晴樹が立っていた。
よほど急いで来たのか、仕事用のスーツ姿のままではあはあと肩で息をしている。
髪は乱れ、鼻の頭と頬が少し赤い。
「おまえなあ、こっちはまだ仕事中だったんだぞ。のんびり珈琲飲んでんじゃねえよ」
怒ったような顔で、今度は両側の頬をつまんでぐにぐにと引っ張られた。
痛い、と言えなくて『いひゃい、いひゃい』と首を振ると、怒っていたはずの晴樹の顔がすぐに優しい笑顔に変わっていく。
この顔だけは、ちょっといいと思う。
晴樹が笑っているのを見ると、カチカチに固まっていた心がふんわり柔らかくなっていく気がする。
クルミはそんなことをおくびにも出さず、不機嫌なままの表情で晴樹の手を振りほどいた。
「仕事してたなら無視すればよかったのに」
「そんなわけにいかないだろ、いきなり電話してきて『すぐに来て』とか言われたら」
「べつに無理して来てくれなくたってよかったんだもん。ちょっと退屈だっただけ」
ちがうちがう。
そうじゃなくて『ありがとう』って言わなくちゃ。
晴樹が来てくれなかったら、寂しくて死にそうだった。
そんなこと口が裂けても言えないから、クルミはふくれっ面でうつむいた。
晴樹はそんな心の中を見透かしているように笑いながら、くしゃくしゃとクルミの頭を撫でた。
「うわあ、相変わらずだな。まあいいや、俺も何か買ってくる」
晴樹が飲み物を買いに行っている間、クルミは他の人に隣の席をとられないようにそっと自分のマフラーを置いた。