赤と青-1
…。
「れ?あれれ?痛くない。」
即死すれば痛くないんだろうけど。これって、生きてるよね?
「浮いて…る?」
瞼を開いた。誰かが私をお姫様抱っこしている。
「誰…ええ!片桐先輩?」
片桐先輩が私を見つめている。見たことのないような優しい瞳で。それは炎の様に赤かった。
「ケガは無いか。」
「私を助けてくれたんですか!?」
「ああ。」
「どうやって…いえ、どうして。」
先輩の口元に笑みが広がっていった。
「おまえはやっぱりバカなんだな。」
「ちょ、なんですか、急に。」
「そんな簡単なことが分からないんだからな。」
「え…。」
私は彼にギュっと抱き寄せられた。息遣いが聞こえるほどの至近距離に彼の顔がある。
「生まれて初めて心がときめいた女を死なせるわけがないだろ。」
迫って来る唇。目を閉じた私。
バシュウゥゥ。
「くっ…。」
赤い羽根が飛び散った。
「え…?」
「おや、またまた命拾いしたね、リスちゃん。」
私は空を見上げた。
「ユウジンさん…なの?」
「そうだよ。見た目はほんのちょっと変わっちゃったけどね。」
「ちょっと、って…。」
深い深い、海の底の様に深いブルーの瞳。そして、天に向かって大きく広がった紺碧の翼。しなやかな体には何も身に着けていない。
「ぐはあっ。」
「片桐先輩!」
彼は片膝を突いた。でも、私はしっかりと抱かれたままだ。
「コウガ、いいザマだな。女を庇って左の翼が折れかかってるじゃないか。」
「それがどうした。コイツの為なら翼の一本や二本。」
「ムリするなよ。さっさとエリスを僕に渡せ。」
「なぜそんなにコイツにこだわる?」
「あらら。その姿を取り戻してもまだ思い出せないのか。」
片桐先輩の姿。それは。
全裸の背中に燃え上がる紅蓮の炎のような翼がそびえ立ち、その瞳は見つめたものを全て焼き尽くすかのように赤い。
「何を思い出すと言うんだ。」
「おいおい、いい加減に顔洗えよ、翼魔界の王子様。」
「翼魔…。」
「しょうがないなあ。」
ふう、っと息をついてからユウジンが語り始めた。
「我々翼魔族には、二千年に一度新しい王が誕生する。それは、生まれながらに王妃と定められた女と王位継承権を持つ者が結ばれることが条件となっている。」
「それがエリスだと言うのか。」
「そうだ。2017年10月31日。今日がその二千年に一度の夜。」
「あれ?どうして2000年とかのキリのいい年じゃないんですか?そのハンパな17って…。」
「ねえ、エリス、君の誕生日はいつだい。」
「2000年10月31日ですけど。あ!今日誕生日だ、忘れてた。」
「今日で何歳になった?」
「17歳。」
「そう。君の言う通りキリのいい2000年生まれの女が17歳の誕生日をむかえ、翼魔の王の妻となる。それが。」
「今日?」
「そういうこと。」
「それで私にあんなことをしたんですか?」
「うん。」
「うん、って。」
「おい、ユウジン。コイツに何をした。」
「ちょっと魔法を掛けただけだよ。この子、自分でスイスイ脱いで股を開いたよ。」
「なんだと…。」
ゴオオオォ。
周囲の空気が震えた。
「…さすが王位継承権第一位の王子だな。今のはちょっと怖かったぞ。」
「エリス…。」
「大丈夫。最後までされちゃう直前に妖魔テレポーテーションで脱出したから。」
コウガの表情が少し緩んだ。
「そうか。」
「あと腰を一振りだったのに、逃げられちゃったよ。あはは。」
「ユウジン。やはりオマエとは決着をつけなければならないようだな。いとこだからって容赦はしない。」
「ようやく思い出したか。その鼻っ柱、ベキベキに折ってさしあげましょうか?王子さま。」
「やれるのか、ユウジン。」
「やめて!親友同士だったじゃない。私を取り合ってケンカしないで!」
コウガは私を地面に立たせた。
「その辺に隠れてろ。」
バサァ。
一瞬、炎が立ち上ったかに見えた。コウガははるか上空に居た。
「はあっ!」
「ほー。」
「どりゃあ!」
「んらー。」
一直線に重い攻撃を繰り出すコウガに対し、ユウジンはトリッキーな動きでスキを狙う。一進一退、勝負の行方が見えない。いや、そもそも動きが速すぎて私にはよく見えない。
「伝説の永久ラリー…。」
「そうね。」
「え!ラクス?」
「死にぞこないのクソが。オマエさえ居なければユウジンは!」
ブウゥン。
「剣?」
「地面に激突させて見るも無残な姿を晒してやろうと思ったけど。手段を選ぶのはやめたー!」
ブゥン。
唸りをあげて剣の切っ先が私に迫った。
「刻む…。」