♥隣にいてくれる男♥-6
「その汚ねえ手で松本に触んなよ」
天野くんの表情はここからはわからないけれど、その大きな背中を見てるとなぜかまた涙が溢れてきた。
彼の再登場に、パパだった人はあからさまに眉間にシワを寄せてため息を吐く。
「さっきから、君は里穂の何なんだ? 関係ない人は黙っててくれないか!」
だけど、天野くんは怯むことなく舌打ち一つ。
「俺? 俺は単なるバイトの同僚だよ」
「……なら、ウチの問題に口出ししないでくれないか!?」
すると、天野くんはハッと鼻で笑った。
「ウチの問題……ねえ。今まで散々家庭を顧みないで、そこのケバい女とイチャついてたくせに、バレた途端“ウチの問題”で他人をシャットアウトかよ」
反論出来ないのか、パパだった人はグッと悔しそうに奥歯を鳴らした。
「……確かに俺は松本にとって、全然どうでもいい存在だよ。いや、むしろ嫌われてる」
「天野くん……」
「だけどなぁ、嫌いな人間にまで助けを求めるなんて、松本は相当切羽詰まった状態だったんだよ! こいつがバイト先で、あんたが不倫してることを話していた時の涙を、俺は絶対忘れねえ! だから、松本には迷惑でしかなくても、アンタをとっちめてやんなきゃ俺の気が済まなかったんだよ!!」
天野くんの怒鳴り声は、エントランス一杯に響き渡り、あたし達だけじゃなく、いつの間にか周りのお客さん達まで黙り込んでこちらをチラチラ見つめていた。
注目を集めていたことに気付いたのか、天野くんはやや声のトーンを落として、なお口を開いた。
「……松本は、可愛いし、いつも明るくて、仕事もできて、すげえ人気者なんだよ。俺、そんなコイツの笑顔に惚れて、同じバイト始めたくらい。ま、とっくにフラれてるんだけど」
「…………」
「……でも、そんなコイツは、たまに寂しそうな顔してる時があって。そん時は、恋の悩みかななんて思ってたんだけど、父親の不倫でずっと追い詰められてたことを今日初めて知って……」
トーンはどんどん落ちていき、心なしか彼の声が震えてきた。
つられるようにあたしの胸もキュッと締め付けられる。
「アンタは遊びだったって言うけれど、ずっと追い詰められて、それでもなお周りに気付かれないようにずっと明るく振舞ってきた松本の気持ち、考えたことあるのかよ?」
パパだった人は、さっきまでの剣幕はすっかり無くなっていて、黙って下を向いてしまった。
「俺は、松本を泣かせる奴は例え親であっても許せねぇ。……殴ったのは謝るけど……アンタが軽い気持ちで続けていた不倫が、ここまでコイツを追い詰めていたってこと、よく考えろよ」
いつの間にかあたしの腕を掴んでいた手は、力なく天野くんの目の辺りをゴシゴシ擦っていた。
シンと静まり返ったエントランスは、クラシックのBGMだけが場違いのように軽快なメロディーを奏でている。
そんなメロディーが優しく流れている中で、ずっとうな垂れていたパパだった人は、初めてあたしをまっすぐ見て、
「……すまなかった、里穂」
と、泣き出しそうな声で深々と頭を下げた。