♥勝手に浮かんでくる男♥-9
一人になると、いくらか落ち着いてきた。
スタッフルームの休憩用の椅子に力無く座り込んで、ボンヤリと視線を移してみれば、掛時計は14時を過ぎたばかりだった。
今日は、1クロ。13時からラストまでのアルバイトの予定だったのに、あたしが突然泣き出してしまったせいで、店長から早退を言い渡されたのだ。
あたしは何度も早退なんてしなくていい、平気だと訴えたけど、店長はガンとして譲らず、ほぼ無理矢理スタッフルームに押し込んできた。
そんな強引なことをされて引き下がる性格じゃないあたしは、隙を見てまたフロアに出てやるつもりだった。
だけど、その後小夜さんがすぐここにやって来て、
「アレも店長の優しさのつもりだから」
と困ったような笑顔であたしにそう伝えたのだ。
店長の優しさなんて、十分わかる。
本当は、彼の今日のシフトはオープンから15時まで。
クローズのあたしを早退させたら、店長はオープンからクローズまでの通しになってしまうじゃん。
不可抗力で泣いてしまった自分が情けなくて、知らずに下唇を噛み締めてしまう。
それに、本当に早退なんてしたくない。
今、身体が空いたって、家に帰ってもパパがいないんだから。
あたしの誕生日よりも不倫相手を取ったという現実だけが、あたしに叩きつけられるだけなんだから。
また、目の奥がチリチリと痛み出す。
やっと涙が治まったと思ったのに、また目の奥からジワリと溢れてくる。
誰か、あたしを助けてよ。
誰か……。
不意に浮かぶあの真剣な顔。
−−松本っ、助けに来たぞぉ!!
そしてついに飽和状態になってしまった涙は、頬をスウッと伝い落ち、勝手に唇が動いた。
「助けて、天野くん……」
あたしの涙が床にポタリと落ちたその時、スタッフルームのドアがガチャリと開いた。