♥勝手に浮かんでくる男♥-5
◇
「ありがとうございましたー」
団体客がゾロゾロと店を出て行くのを、頭を下げて見送った。
スポ少辺りだろうか、野球のユニフォームを着た少年達とお母さん達の姿が店を後にする。
どことなく熱気も一気に引いて行ったような気がして、あたし達スタッフはホッと小さく息を吐いた。
大量のテイクアウトの注文をこなした後は、ドリンクやコーヒー豆、フードの補充作業になる。
あたしと小夜さんが、カウンター内でレジ対応しながら補充作業、店長がフロアを担当して、それぞれがセカセカと動き回っていた。
忙しいのはありがたい。余計なことを考えずに済むからだ。
そうでもしないと、あの夜の事が何度もフラッシュバックしてしまう。
来週の水曜、すなわち今日、パパはママ以外の女と「スプレンディード・ガーデン・ホテル」に泊まる。
考えたくないのに、また頭にあの夜のパパの声がよぎって、ショーケースのケーキを補充しながら眉間に力が入った。
あの会話を聞いてしまった次の日のパパは、恐ろしくいつも通りだった。
寝不足なんて微塵も感じさせない、爽やかでダンディで、バリッとスーツを着こなしながらリビングで新聞を読むパパ。
その姿はあまりにも普段通り過ぎて、夢だとさえ思った。
でも次の瞬間、やっぱりあれは夢なんかじゃないと、あたしを現実に引き戻す言葉をパパは口から放った。
「瞳子、悪いが来週の水曜、出張で泊まりになった」
新聞を畳んでテーブルに置きながら、ママにそう言うパパ。
あたしの身体がビクッと強張ったことを、彼は気付いていない。
「あら、そうなの? 随分急だわね」
「ああ、部下がちょっとやらかしてしまってね、オレが直接謝りに行かなきゃ行けなくなったんだ」
「そう……残念ね。来週、お祝いしようと思ってたのに」
「お祝い?」
「ほら、里穂の誕生日でしょう? あなたの帰りが早かったら、どこか外食でも、と思っていたんだけど」
その時、パパの瞳が初めて泳いだのを、あたしは見逃さなかった。