第三章 もう少しだけこのままで-1
「あなたね。」
あーあ、始まったよ。店長タイム。
「売る気あるの?何でもいいからドンドン買わせなきゃ。」
「お客様がお望みでないものを売りつけても…。」
「あまい。あますぎ。いい、ボランティアじゃないの。売って幾らなんだからね、お店っていうのは。何を欲しがってるとか、どれが合いそうとか。そんな余計な事、お店に立っているときは考えないで、売ることに集中しなさい。」
こんな時、いつも思う。俺が売っているのは本じゃない、紙クズだ、もう辞めようか、と。それは俺自身の経験によるところが大きいかもしれない。
その日、俺は家に帰るなりゲーム屋に走った。当時小学生だった俺にゲームソフトはとんでもなく高価なものだし、親はどちらかといえば快く思っていなかったようで、年に数回買ってもらえるかどうかだった。
全速力で家と店を往復した俺は、息も収まらないうちにゲーム機の電源を入れ、ソフトをセットした。そして…。
その二分後、俺は呆然としていた。クソゲーだ。全く遊べない、全く面白くない。宣伝に騙され、クズを掴まされたのだ。
こうして、何ヶ月もガマンを重ねて貯めた小遣いと、何ヶ月ものあいだ膨らませ続けた俺の想いは砕け散った。泣いた。何日も泣いた。なぜ、こんなどうしようもないものが売られているのか。作る者も売る者も、買う人のことなどお構いなしに、売ることだけを考えているのだろうか。
「ちょっと、聞いてるの!」
「あ、はい。」
「何回言わせんのよ、全くもう…。」
「店長ー、お電話でーす!」
ナツミが呼んでいる。店長はプリプリしながらバックヤードに向かった。
「またやられてたね。」
「もう慣れたよ。」
「もっと要領よくやればいいのに。」
「そうだな、お前みたいにな。」
「そうそうそう、て、おい、とかなんとかノリツッコミするとでも思った?」
「してくれないのか、寂しいな。してくれよ、してよ。早くして…。」
「なんとなく卑猥だぞ、それ。…どうしたの?」
俺の視線の先をナツミも見た。バックヤードで電話に出ている店長が怯えたような顔をしていた。やたらペコペコ頭を下げながら何かボソボソ言っている。受話器を置いた。パイプ椅子に崩れ落ちるようにドサ、っと座り、電話をみつめて下唇をキュ、っと噛み、眉間にシワを寄せてうつむいている。
「あの…。」
「なに?」
キッと睨まれた。
「大丈夫ですか。」
「あら、私の事、心配してくれるの。」
「そんな様子を見たら放っておけませんよ。」
「上司だもんね、何かあったら困るわよね。」
「正直それはありますよ。」
「ホントに正直ね。」
「仲間でしょ、なんて気色悪いことは言いませんけど、どうせなら笑ってたいじゃないですか、みんなで。」
店長は俺の顔を虚ろな目でみつめ、また下を向いた。
「…ノルマがね。」
「はい。」
「ノルマがまたキツくなったのよ、今でも精一杯なのに。」
「本店からの指示ですか。」
彼女は黙ってうなずいた。
「私、こんなに頑張ってるのに。嫌われるのが分かっててもガミガミ言ってまで。」
「みんな分かってますよ、店長が辛い立場にあるのは。」
店長の目には涙が浮かんでいる。
「ううう…ごめんね、いつも非道い事ばっかり言って。それなのに私の心配をしてくれるの?。」
「そりゃあまあ、しょっちゅうガミガミ言われるのは辛いですけど。嫌いじゃないですよ、一人の人物としてのサユリさんは。」
店長は一瞬俺を見つめ、ワー、っと泣き崩れた。俺は隣に座り、肩を抱いて引き寄せた。サユリさんの肌の温もりが伝わってきた。普段は強がっているが、やっぱり彼女だって弱いところのある人間なんだ。
「大丈夫、あなたは一人じゃありませんよ。みんなでなんとか考えましょう。」
そう言って離そうとした俺の手を、サユリさんが掴んだ。
「お願い、もう少しだけ、このままで…。」