第二章 すれ違い-2
いつも通りに駅へと向かう道を進んでいると、
「あれ?」
あれってユリカさん…にしてはなんだか暗い顔してる。でも、今日着ていた服はあの色だったし、間違いないよな。知らない男の人と話してる。あ、泣きながら走り出した。男の人は呼び止めたが、それ以上は追わない。
うわ、えらいもん見ちゃったな。その人は諦めたようにトボトボとこっちに歩いてくる。ユリカさんが気になってあとを追い始めた俺とすれ違うとき、チラっとこっちを見たような気がする。知り合いじゃないと思うけどなあ。
ユリカさんはすぐに見つかった。モールの中心にある噴水の周りのベンチに座ってうつむいている。たぶん、まだ泣いているのだろう。
少し離れたところで声をかけるべきかどうか迷っていたら、顔を上げたユリカさんと目があった。
俺はゆっくりと歩み寄った。
「見られた、のよね。」
「はい。なんか、見ちゃいました。」
「あーあ。この街に引っ越したから忘れられると思ったのに。あの人ったら。」
「あの、元カレさん…とか?」
「違うの。元夫。」
もう一ランク上でしたか。
「余計なお世話だとは思うんですが…。」
「いいの、なんでも訊いて。誰かに聞いてもらいたい気分なの。」
彼女はポツリポツリ、と話し始めた。
「悪い人じゃないの。しつこくされてるのでもない。今でも好き。ただね、ズレちゃったのよ、生き方が。具体的なところはうまく言えないんだけど。」
「僕の乏しい経験じゃきちんと理解は出来ないと思いますけど、それに似たことはありました。なんとなく分かるなんて言っていいものかどうかですけど。」
「ありがとう、十分よ。あ、そうだ、もう一つ彼とは大きなすれ違いがあるの。」
「訊いても?」
「んー、ちょっと話し辛いことではあるんだけど…あなたもう大人だもんね。聞いてちょうだい。」
「はい。」
「性癖が合わないの。」
「せ…。」
「私ね、相手を可愛がると興奮するんだけど、あの人は逆。オンナを支配したいの。結婚前は愛情で乗り越えられると思ってたんだけど…。そうはいかなかったの。」
「そういうのってありますよね。逆に性癖だけあうとかもありそうだけど。」
おどけて言ってみた。
「そうね、実際あったし。」
「へえ、どんな相手だったんですか?」
「うーん、あなたに似てたかな。」
ズキン、と胸に衝撃が走った。
「ごめん、気持ち悪いこと言って。」
「そんなこと、そんなことありません!めちゃくちゃ嬉しいです。ユリカさんに可愛がってもらえたら、どんなに幸せだろうって思います!」
「ホントにー?じゃ、可愛がっちゃおうかなー。」
ユリカさんは本気とも冗談ともつかない目で見つめてきた。俺は真っ赤になってしまった。
「ふふ、可愛いわね、あなた。本気で誘惑してみたくなっちゃった。」
いや、もう十分されてますけど。
「さ、帰るわ。ありがとうね、話を聞いてくれて。完全復活、というのは正直じゃないけど、だいぶラクになった。またお話相手してね。それじゃ。」
さっきよりはいくぶん上を向いてユリカさんは帰っていった。