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『空遊魚〜rainy day〜』
【ファンタジー 恋愛小説】

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『空遊魚〜rainy day〜』-2

雨脚は弱まる気配は無い。今日の天気予報では降水確率は40パーセントだったはずだ。何かが間違ってるよな、天気予報が外れるのに、人の死は確実に予見できる世の中なんて。
一つ、空っぽの溜め息をつく。
気を取り直して、今日の仕事の残りを確認するため、バッグの中を確認する。白い封筒は、一つだけ入っていた。
「今日はあとひとり、か。」
仕事が少ないことはいいことだ。いろいろな意味で。
封筒をひらいて、名前と住所を確認する。僕らは直前まで「その人」の名前を確認するのを禁止されている。朝、デスクで必要な量(自分の担当地区で、今日処理されるべき量)の番号だけが振ってある白い封筒を受け取り、その番号順に仕事をこなしていく。どっさりと封筒を渡された時は、とても気が滅入る、三重の意味で。一つは、人が死ぬということへの悲しみ、二つには、単に仕事が多いということに個人的に辟易する。そして三つ目には、人がたくさん死ぬということにたいして、面倒だな、なんていう風に感じてしまう自分に対しての憤り。

でも、開いた封筒のなかに書かれていた名前を見て、僕はそんな時よりもずっと悲しくなった。
「雨宮先輩…」



コン、コン…
古いアパートのドアは、いかにも雨の日らしい、少し湿った音を立てる。
「はい。」
ドアを少しだけ開けて、彼女は顔だけ出した。
「こんにちは。」
僕に気付くだろうか、と思った。なにせ会うのはとても久しぶりだ。だから僕は、知り合いでも他人でもないような、中立的な声で挨拶をした。
でも彼女は当たり前のように
「ひさしぶりね。」
と言って僕を招き入れた。
彼女の部屋には、小さい空遊魚が何匹か、ゆったりと空中を泳いでいた。ドアを少ししか開けなかった理由が分かった。
彼女は僕に、どうしたの、と言おうとしたようだけど、僕の制服を見て事情を察したようだった。
「そう、仕事?」
「はい。……『残念なことですが』あなたは今日午後八時四十分…」
「いいわ、その先は言わないで。死因も分かってる。」
「え?」
そう言った彼女の顔が、あまりにも穏やかだったので、僕は何故か泣きたくなった。
「いえ、死因に関しては、僕らは知ることが出来ないので。」
「そう。」
「はい、制度が少し変わったんです。」
僕は封筒を手渡した。
「死因等の情報はその中に記載されています。」
彼女はそれを受け取り、中をさっと見ると、納得したように頷いて、ゴミ箱に放った。
「この子たちだけが、少し心残りね。」
そう言って彼女は空遊魚を一匹手のひらの上に招き入れ、指先で愛撫した。
「ねえ、この子たちをお願いできる?」
「それは、個人的に?」
「ええ、個人的に、私からあなたへのお願い。」
「それなら大丈夫です。」
彼女はゆっくりと立ち上がって、一匹一匹丁寧に、大きな鳥かごのなかに空遊魚たちを導いて行った。
「お願い。」
その言葉と一緒に手渡された鳥かごの取っ手は、ひやりと冷たく、ずしりと重かった。僕らが扱っている白い封筒よりもずっと。
鳥かごを持って部屋を出ようとする僕を、雨宮先輩が引きとめた。
「待って。」
「はい?」
「今日、もう仕事は終わり?」
「はい、これで最後です。」
「そう…。もし、この後に予定が無かったらの話だけど、少し付き合ってくれないかな。最後に、行っておきたいところがあるの。」僕は頷いた。


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