第4話『自治権剥奪』-1
第4話『自治権剥奪』
『ニホン』が行政を代行する『イーユー・ユニオン』において、公然と『ニホン』を批判することは禁忌に該当する。 それを知りながら敢えて『ニホン』を話題に乗せたことは、例え『オリンピアン競技会のマラソン金メダリスト』だとしても――いや、祖国スポーツの英雄であればこそ、到底黙認は許されない。 アドルフ・オットーの凱旋パレードが発端となった『ホランド植民地化』の流れは、『マラソン事件』の通称で近代史の1ページを飾ることになる。
……。
8月某日。
アドルフによるセントラルパーク・スピーチが、『ニホン』に対する『不敬罪』の可能性ありとみなされ、公開聴聞会が開かれる。 聴聞会においてセントラルパーク・スピーチでの意図を問われたアドルフは、『ニホン統治における欺瞞』『ニホン統治にしめる偽善』『ニホン統治による犠牲』を挙げ、『ニホンの国際社会からの脱退』『自国ホランドの独立回復』が自分の発言の主旨だと認めた。 これをもって、アドルフは『不敬罪』に加えて『侮辱罪』『国家擾乱罪』の下に現行犯逮捕される。
政府内閣スポークスマンがアドルフの発言を否定するも、ハーグ大法廷が『アドルフを政治犯として逮捕することは憲法違反』と異例のコメントを出し、報道が混乱。 国営放送を含む複数メディアが『ニホン出向首相による横暴』『代理統治の限界』などと、アドルフの発言を引用する形で『ニホン』を批判。 政府の公式コメントに逆行する意見が大量に寄稿される。
午後。
『アドルフ釈放』を求めるデモがメインストリートで発生。 セントラルパークで当局無許可の反政府集会が開かれる。 アドルフを収容した『バスチーユ・スガモ』を取り囲んだ群衆がシュプレヒコールを挙げる。 政府の散会命令は体を為さず、夕刻出動した警備軍により、集会は強制的に解散させられた。 解散過程での放水、催涙弾等による重傷者は100名を超える。 解散後メインストリートはバリケード封鎖され、夜間外出禁止令が発布された。
8月某日。
深夜に『バスチーユ・スガモ』で爆弾が破裂、大学生が中心になった反体制派と警備軍が衝突する。 当初は警備軍と市民が睨みあう展開になった。 このまま膠着状態に陥るかと思った矢先、警備軍の『バスチーユ・スガモ』分隊が後方から自軍に発砲、警備軍が崩壊する。 その後指揮系統が霧散した警備軍は、武器を持ったまま市民に合流して反政府運動へと発展した。 『バスチーユ・スガモ』の政治犯を解放し、『ニホン人居住区』を攻撃し、ニホン人がトップを務める官公庁及び民間企業を襲撃する。 『イーユー・ユニオン』構成国『ホランド』の首都『アムス』は、太陽が昇る頃には既に、市民によって制圧されていた。
朝、国営放送で政府が『ニホン人による代理統治の終了』を宣言。 併せて首相代行や財務省代理等、数名のニホン人が暴動の中消息不明になったことを踏まえ、『ニホン人全員の国外退去』を勧告する。 また『ニホンと敵対するつもりはなく、あくまでも代理統治権を平和裏に返還することを希望するのみであり、市民によるニホンへの暴力は是を容認しない』とのメッセージを繰り返し放送したが、既に暴徒と化した一部の市民は『親ニホン的』とされた個人や企業を襲撃、各地で略奪や暴行が50件以上発生した。
夜。 『ニホン』の官房長官より公式プレスリリース、『ただちに自国民の安全に鑑み『ジエイタイ・アーミー』を派遣し、騒乱を鎮圧する。 統治代行の委任を一方的に反故にした件について、説明と賠償を求める』と宣言。 これを受けてホランド政府は全市民に対し、即時の暴動停止と夜間外出禁止令の徹底を含め、ニホン関連組織への恭順を訴えた。 が、市民の暴動は治まらず、隣都市の『ロッテル』及び『デルフト』に広がり、更に広がる勢いを見せた。
8月某日。
朝。 市民運動の先頭に立った大学生団体『シールド』のリーダー、警備軍総括指揮官、自警団『夜警』の隊長など、暴動の主要メンバーが次々に失踪する。 警備軍の装甲車やヘリコプター、無線機器やパソコンなど、機械系が悉くシャット・ダウンする。 更にホランドの上下水道、送電網、通信網、放送網が停止し、街の機能が麻痺。
昼。 『ニホン』から『ジエイタイ・アーミー』の先遣部隊が到着。 新型の神経ガスを『ホランド』首都『アムス』に散布する。 ガスマスク、防塵装置等一切効果がなく、全市民が動けなくなる。 その間に『ジエイタイ・アーミー』により『アムス』が封鎖され、『アムス』内の銃火器・刃物が回収されたことで、市民の抵抗は無力化された。
夕。 全住居に乾燥食料が配布されたのち、上水道のみ復旧する。 街宣車により『戒厳令』が公布され、昼夜問わず一切の外出禁止が言い渡された。 外出を試みた者が多数いたが誰一人戻ってこなかった。
8月某日。
朝。 『ニホン』から『ジエイタイ・アーミー』の本隊2000騎(軍馬に騎乗する騎兵隊)が、『ホランド』の国境を封鎖後に『アムス』へ到着。 装甲車、無線車、砲車等の重火器と併せ、セントラル・パークに臨時司令部が設営された。 先遣部隊は『アムス』を出発し、周辺都市の制圧に向かう。
昼。 『ロッテル』『デルフト』制圧完了。
夕。 『ハーグ』『スケベニンゲン』制圧完了。 ホランド政府が全国に『戒厳令』を放送し、一切の外出を禁じる。 併せて『ニホンの代理統治続行に関する政府間交渉』の開始を市民に告げ、事態の推移を沈黙して待つよう要請、重ねて『ジエイタイ・アーミー』への恭順を呼びかけた。