♠ピンチの女♠-1
一度は振られた身だから、彼女にとって自分の存在なんて無に等しいとわかっていた。
でも、彼女が俺をおちょくるようになって、ムカつきながらもそれが実は結構楽しくて、少なくとも以前より距離が縮まったと自信がついた矢先。
ーーもう、天野くんなんて大っ嫌い!!
怒りに満ちた目で、こちらを睨む松本の顔が頭から離れない。
そして俺は、その度に、
「はあ…………」
と深い深いため息ばかりを吐いていたのだった。
「……天野くん、大丈夫?」
恐る恐る声を掛けて来たのは、本日の売上集計を終えてスタッフルームから戻ってきた古川さんだ。
抜け殻みたいになってしまった俺を見るその目はどこか怯えていた。
「はあ、大丈夫っす」
「……ならいいんだけど……」
古川さんは、松本がトイレ掃除をしているであろう方向をチラリと見てから、それ以上何かを言うのをやめて、俺とは離れた場所でカウンターの締め作業を始めた。
古川さんは察して何も言ってこないけど、彼女がちらりと送った視線で何を言いたかったのかは大体わかる。
いや、こんな険悪な空気、赤の他人でもわかるか……。
それほど、今の空気はピリピリと張り詰めていた。
今は営業時間が終わり、締め作業に取り掛かるこの時間。
いつもならスタッフ同士で楽しくおしゃべりしながら作業するのだが、今日は水を打ったように静まり返っていた。
無論、原因は俺にある。
ひょんな事から、俺は松本を激怒させてしまい「大っ嫌い!!」とまで言わしめてしまったのだ。
俺は、純粋に松本を心配してたんだ。
小野寺くんは、あのイケメンだけど怪しい男に松本を『好きにしていい』と差し出そうとしていたのをこの耳で聞いたのに。
なのに、なぜそれをわかってくれないんだぁ!!