セ-5
止まったタクシーから、勇気が逃げないように勇み足で降り立った。
安達さんは私の行動にいちいち笑って、
そのたびに髪をクシャッとした。
私は「もう!」と子供扱いにムッとして
そのたびに髪を手櫛で直して行く。
安達さんの後をまるで戦に行くような決心をして
背筋を伸ばして歩く私に
エレベータの中で苦笑いした安達さんは
そっと私の肩を抱き寄せる。
「気を楽にして。高橋サンがイヤなことはしないから」
張っていた気持ちが急に緩んで
夜遅くに、会社の男の部屋に行くためのエレベーターの中で
肩を抱かれている自分の状況にハッとした。
ゆっくりと安達さんの顔を見上げれば
安達さんはじっとエレベーターの階数表示を眺めていて。
私の視線に気が付いて「ん?」と優しく口を動かす。
さっき・・・
全く知らない安達さんのその口に、本人の許可もなくキスしたんだ。
酔っていたとはいえ、自分の突飛な行動に恥ずかしくなった。
「ごめんなさい」
「何が?」
「さっき、いきなりキスして」
自分が、知らない人にいきなりキスされたら
どんなにイヤな気分になるか考えたら
その行動こそ子供だとなじられても仕方がない。
「いいよ。俺も高橋サンにたくさんキスするから」
そう言い終わらないうちにキスをした。