♥偏見を持つ男♥-5
その時、不意に視界の端に黒いエプロンをつけた物体が映った。
ーーゲッ。
目が合った天野くんの表情は、何か思い詰めたような難しい顔で、あたしを思いっきり睨んでいたのだ。
ーーヤバイ、またあたし、あの寂しそうな顔してたって言われるかも!
焦ったあたしは慌てていつも通りのニコニコ顔を作って、天野くんに笑いかけた。
こうでもしないと、天野くんにあたしの心の中を見透かされてしまいそうな、そんな気がするから。
「休憩いただきました」
低い声は、笑顔がないだけで不機嫌そうに聞こえる。
カウンターに戻ってきた天野くんは、休憩に入る前と明らかに雰囲気を変えて戻ってきた。
「それじゃあ次はあたしが休憩入るから、二人で様子見ながらカウンターとフロアをまわしてね」
タイミングよく拭き上げを終えた小夜さんは、いつものおっとりした口調で、あたしと天野くんに微笑みかけて、カウンターを出て行った。
駿河さんの恋心にも気付かなかったくらい鈍感な彼女が、天野くんの些細な変化に気付くわけもなく、その足取りもいつも通り軽やかで、あたしは小夜さんの鈍感力が、今ほど羨ましいと思ったことはなかった。