第七章 傷跡-2
廊下を進みながらサユリさんが私たちに問いかけるうに言った。
「この中でオレが一番長くここに居るけどさ、あの部屋に誰か入ってたことないぜ。」
ミヤビさんが頷く。
「そうですわね。内線も、あの部屋の番号だけ有りませんし。」
「何らかの特別室、と考えられますね。」
私たちはそれ以上何も話さず、ドアの前に立った。目を合わせて小さくうなずき合い、代表でサユリさんがトントン、っとノックした。
「どうぞ。開いてるよ。」
女の声だ。私たち以外の女といえばユキノさんだけのはずだけれど、声が違う。サユリさんを先頭にドアを押して中に入った。
「!…」
私は一瞬息をのみ、口を両手で押さえたまま声も出なかった。
「ん、なんだあ、知り合いか?」
サユリさんが不審そうに尋ねてきた。
「なぜ、あなたがここに…。」
そう言うのがやっとだった。
「やあ、久しぶりだね。元気してた?コイツめ!」
ありえない人物がにこやかに立っていた。
「ヒロカ…ちゃん?」
「おーい、親友を見忘れたのか?冷たいねえ、君。まあ、雑貨店の奥で別れてからそれなりに時間が経ってるからねえ。」
間違いない。幼馴染で親友のヒロカちゃんだ。
「私たち、小さな子供の頃にいつの間にか友達になってて、ずっと一緒の仲良しだったよね。君のこと、いつどんな時も好きだったよ。だけど、それは友達としての好きだと思ってた。でも、中二の夏頃だったかな、体操服に着替えてる君を見ていたら、何だかヘンな気持ちになっちゃったんだ。それからはもう、友達として付き合うのがどれだけ苦しかったか。特にプールの着替えなんて…全部見えちゃうんだよ、その横で笑っているのがどれだけ辛い事だか分かる?直ぐにでも抱きしめてキスをして、カラダを隅々まで愛撫して、そして…。でも、そんなことをしようとしたら、君、友達ではいてくれなかっただろ?だから必死にガマンした。どうにもならない時はギュ、っと手を握り締めて。そしたらあるとき、君は言ったんだ。あれ、ヒロカちゃん、手のひらから血が出てるよ、はい、これあげる。そして絆創膏を貼ってっくれたんだ。もちろん、私の手をしっかりと握ってね。」
「ヒロカちゃん、ごめん、ちょっと話がよく分からないんだけど。」
彼女は天を仰いだ。
「だよねー。だから私は苦しんだんだよ。君のそばに居る幸せと、君のそばに居る地獄に挟まれてね。」
そこへサユリさんが入ってきた。
「あのー、要するにオマエ、オンナしか愛せないオンナで、その相手がここに居るコイツってこと?」
「コイツって言うな!私だけの呼び方なんだから。」
「なんだそれ。」
「割り込むようで申し訳御座いませんのですけれども、三人ともお呼びになられたということは、その件も含めてわたくしとサユリさんにもご用事がおありになるというとこですわよね?」
ヒロカちゃんはミヤビさんを指さした。
「正解!じゃ、本題にはいるよ。」
私たちはヒロカちゃんに注目した。
「この施設を閉めることになった。」
何とも言えない空気が流れた。こんなバカげた所が無くなるなら、とても良い事ではないか。でも。よく分からないモヤモヤが胸の中を漂い始めた。
「理由をお訊きしてもよろしいかしら?」
「もちろんだよ。その方が後の話が進めやすい。」
「後の話?」
「うん。まあ順に話すから、つきあってよ。」
「分かった。ヒロカちゃん、お願い。」
「さて、一つ目の理由は、裏切り者が出たから。」
そう言って彼女が背後のカーテンを乱暴に開くと、そこには大きな水槽があった。
「え!テツヤさん?」
「そ。裏切り者だよ。」
その中には全裸のテツヤさんが立っていた。
「水深はおよそ一メートル。横になっても座っても眠ることは出来ない。立ったままもたれてても眠れば倒れる。そして、いかに水泳が得意でも、浮いたまま寝るなんて無理だろ?というわけで、彼は約三日間眠っていない。食事も与えていない。トイレも無い。」
「非道いことしやがるな。」
「おや?さんざん非道い事をした相手の心配をするのかい?」
「むう、いや、何というか…。」
「そういうお話ではありませんわ。」
ヒロカちゃんは口の端を少し歪めた。
「そうかなー。ファストフード店のバイトが商品をかじったらどうなる?」
「商品としてお客様には提供出来ませんわね。」
「クビ、だな。」
「同じなんだよ。テツヤは大切な商品に手を出した。」
「商品?おい、オレたちは売り物だって言うのか。」
「そ。オーダーに合う娘を探し出し、ここでかえらせて出荷する。」
「かえる、って、お家に帰るという意味ではありませんわね?」
「せっかく誘拐したのに帰してどうするんだよ。」
「じゃ、土に還る、か?」
「殺してどうすんの。孵化する、の意味。卵からヒナをかえらせる。」
「つまり、ここに来たときの私たちは卵で、ヒロカちゃん達に暖められてヒヨコにかえったところで…」
「売り飛ばされるってか。はっ!」
「世の中にはね、金や地位は有っても男としての魅力は今一つな人がいっぱいいるでしょ?かといって、普通にオンナを買っても、カネ欲しさの演技を見せられるだけ。そんなの、つまらないじゃないか。本気でイヤがり、抵抗しながらもカラダはムズムズが止まらない。快感が欲しくてガマン出来ない。そういうオンナを求めるお客様の需要に応えるためのビジネスだよ。」
「おい、それじゃあオレたちの人権はどうなるんだ。イキナリ誘拐されて、いろいろ非道い事されて、最後はどこかの誰かも分からないヤツに弄ばれるのか!」
「そうだよ。でも、人格には配慮してる。君たちが快適な個室や食事、衣服、さらにはリクリエーション設備まで与えられているのは何故だと思う?」