♠狙われた女♠-1
「あれ、小野寺くんって、松本と付き合ってたんだー」
「ごめんごめん、俺、それを知らなくてさあ、ついつい松本に告っちゃったんだよね。でも、あれ本気じゃないから気にしないで」
……完璧だ。
スウィングのスタッフルーム。ちょうど今は出勤前。
俺は姿見の前で、こないだの駅での出来事を質問する練習を何度となく繰り返していた。
松本が小野寺くんのアパートのある駅で降りた。
小野寺くんが松本を迎えに来た。
二人してドアの向こうの俺に手を振った。
そんな悪夢みたいな光景が、ずっと頭から離れてくれない。
悪夢でも、夢であれば構わないんだ。
だけど、俺が松本に告白して振られたのは事実であって、松本が小野寺くん家にお泊まりしたってのも事実。
もはやはっきり二人の口から確認しないと諦めがつかなかった俺は、こうして小野寺くんに自然な形で訊いてみようと数日前から先述のように鏡の前で練習をしていたんだ。
少なくとも松本よりは小野寺くんの方が常識がありそうだから、彼に事実確認をすることに決めたのだけど、いざその時期が来たらかすかに膝が震えていた。
よくよく見れば、姿見に映る自分の顔もビビっているようだ。
ビビる……そうだよなあ。
思いっきり失恋した所に、小野寺くんと付き合ってるという事実を突きつけられたら、俺、どうなっちゃうんだろう。
それでも真実を知りたいというこの厄介な性格。
こないだ振られた時点で松本がとんでもない性悪女だと知ったんだから、さっさと見切りをつければいいのに、やっぱり頭の中は未だ松本のことばかり考えてしまう。
「あーー、俺ウザい奴だなあ」
姿見の向こうの冴えない顔にため息を大げさに吐いてから、俺は足を引きずるようにスタッフルームのドアを開けた。